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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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 エマもオルハも笑顔でとんでもないことをさらりと言う。それから顔を見合わせて、二人はケラケラと笑った。
「……やっぱり、私の見込んだ通りオルハはいいガーディアンになったわね?」
「そうかな、ボクはまだまだだよ」
 この状況でどうすればいいか分からず、ランディは首をかしげた。さっきまでの熱気はどこへやら、すっかり気をそがれてしまっている。
「……この人が、前に言ってた"裏社会から足を洗わせてくれた人"なのか?」
「うん、そう。ボクの師匠」
 師弟関係っぽくは見えないが、ランディも面倒なので何も言わない事にした。
「腕は確かなんだな? ……じゃあ、ヴァルも助かるよな?」
「そうね……まだ危険な状況なのに変わりは無いけど」
 エマの顔つきが変わる。
「爪を差し込まれた際に肋骨を三本折られて、爪が心臓に届いちゃってる。しかも、折れた肋骨が内蔵を傷つけちゃってるの」
「……」
 ランディが視線を落として押し黙った。
 ……彼女を抱えて走ってきたのは、自分だ。
「トリメイトのお陰で出血がまだ少なかったのが不幸中の幸いね。……そうだ、君たち、血液型は?」
「? ボクはO型だけど」
「俺はA型だが」
「OK、じゃあ二人の血をちょうだい」
 ためらいなく言うエマに、ランディは返答に困る。それを察したかのように、オルハが口を開く。
「でも、ランディは見ての通り重傷で……」
「ここ最近のSEED騒動のせいで輸血用血液が足りてないのよね……何より」
 エマはオルハの言葉を遮りながら少しうつむいて、しっかりとした視線を二人に向けた。
「あなたたちの血液は、彼女の体の中で生きるの。その意味が分かる?」
 強い視線で見つめながら、エマはためらわずに言い放つ。さすがのランディも気押されたのか、頭を掻いて答えた。
「……弱気なことは言ってられねえな。協力させてくれ」
「うん、ボクもガンガン抜いちゃって。カラッカラになるまで」
 二人の顔を見て、エマはにっこりと微笑む。
「OK、じゃあついてきなさい」
 エマが集中治療室のドアの脇にあるコンソールを叩く。どうやら網膜認証型のキーらしい、彼女がコンソールを覗きこむとドアがゆっくりと開いていった。
 中は10メートル四方ほどの大きな部屋で、周りには大小様々な機械が並んでいる。そこからたくさんのコード類が伸びており、真ん中のカプセルへとつながっている。カプセルはガラスを張られた天板から、中が見えるようになっていた。
「ヴァル……!」
 ヴァルキリーが中で眠っていた。鼻や口、腕などに全身にいろいろな管が取り付けられている。彼女は全裸だったが、胸部は包帯で巻かれていた。その痛々しい姿に、二人は絶句する。
「さ、君たちはその辺に座って。時間あまり無いから、キリキリ動いて」
「分かった」
 そこにあった椅子をひっ掴んで、二人は腰を降ろす。
「はい、腕出して」
 エマは手慣れた手つきで二人の消毒を済ませると、注射針を刺して手際良く血を抜いてゆく。
「オルハちゃんは200でいいや。君はビーストだし、400ぐらいいけるよね」
「ああ」
 ランディも重傷を負っているというのに、エマは容赦無く言う。
「これで……助かるよね」
 呟くようにオルハが言った。
「24時間体制で看病してるから、大丈夫。後は彼女の体力しだいね」
 採血した血液を試験管に移し、キャップをはめながらエマは言った。
「大丈夫よ、そのカプセルの中は一種のビオトープになってて、ニューマンの自然治癒力が高まるようになってるから」
 なるほど、と二人はカプセルを見つめる。
「これで良し、と」
 試験管を機械にセットし終わって、やっと彼女は向き直る。
「今のところ、経過は順調だけど、油断はできない。でも、必ず助けるから、安心して……あら?」
 エマがランディを見て、不意に驚いた表情を見せる。
「君も大怪我してるじゃない。採血なんかして大丈夫?」
「今頃!?」
 エマの声にオルハが思わずツッコんだ。
 それにランディは、苦笑するしかなかった。

「ランディ、本当に大丈夫なの?」
 オルハが心配そうにランディに聞いた。
「大丈夫、問題無い」
「……」
 ランディは気高い視線で遠くを見つめてはいるが、明らかに顔色が悪いし肩で息をしている。
 オルハはどう答えるべきか迷ったが、あえて何も言わない事にした。彼の意地っ張りは筋金入りなのはよく分かっている。
 二人は今、ガーディアンコロニーのガーディアンズ本部、そのミーティングルームにいた。すでに夜も遅いが、今回の事件を重く見たガーディアンズは、関係者に緊急召集をかけたのだった。
「……また何もできないのか……俺は」
 ランディが椅子に腰かけたまま上体を丸めて両手を合わせて握りながら、絞り出すように呟いた。テーブルに座って足をぶらぶらさせていたオルハは、何も答えず視線を落とす。
 その時、ドアが開く音がして、二人の人影が姿を表す。アナスタシアとファビアだった。
「あら、お疲れ様です」
「こんばんは、二人とも。……ランディ、もう動いて大丈夫なんですか?」
「ああ、お陰さまで。あの時あんたに出会ってなかったと思うと、ぞっとするよ」
 現場で傷を直接見たファビアは、ふと疑問に思う。
 ……皮膚組織だけでなく筋肉組織レベルまで損傷を受けているはずだ。あれからわずか数時間でここまで回復できるのは、ビーストの体力の成せる技なのだろうか?
「ははは、それは良かった。……ところで、お二人とは初めてですよね? 指揮官のアナスタシアです」
 紹介されて、アナスタシアは軽く会釈する。
「はじめまして、ランディ、オルハ。話はファビアから聞いております。よろしくお願いいたしますわ」
 言って彼女は右手を差し出した。
「ボク、オルハ=ゴーヴァ。よろしくね」
「俺は、ランディ。"ただの"ランディだ」
 ランディは彼女の手を握り返して、不思議な感覚にとらわれた。あまりにも小さなその手に、懐かしいような感情を覚える。
 はっと顔を上げて、彼女の瞳を覗きこむ。不思議そうな表情で、彼女もランディを見つめ返していた。
「……どこかでお会いした事がありましたかしら?」
 意外にも、言葉にしたのはアナスタシアの方からだった。
「……いや、初対面だが」
「そうですわよね。失礼」
「……?」
 ランディが困惑していると、ドアが開いて人影が入ってくる。
「お、先生。遅くまでお疲れ様」
「本当に。パノンの手でも借りたい忙しさだわ」
 パノンとは、SEEDフォームという宇宙から飛来した謎の生命体の事で、小動物的な可愛さを持つ小さなモンスターだ。そんな者の手を借りたいと言うほど、疲れているのは明らかで顔色が悪く、肌の状態も良くなかった。
「ランディこそ、ケガは大丈夫?」
「まあな。ヴァルに比べればマシだよ」
「嘘おっしゃい。あなたも絶対安静と聞いてるわよ」
 アルファは腕を組んで、優しい口調でやんわりと詰問する。
「こういう状態なんだ、俺だけ寝てるわけにはいかない。それは分かってくれ」
「……分かってるわ。でも、何かあったらすぐに言ってね?」
「ああ。すまん」
 アルファは子供のように意地を張るランディを見て、ふっと優しく微笑む。