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白昼夢

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「ただいまぁー」
「おーお帰り。遅かったなぁきり丸」
家に入るとおたまを持って米を煮ている先生がこちらを向いた。どうやら今日のご飯は雑炊らしい。
「まーた雑炊っすか」
「お、ま、え、が!なかなか帰ってこないからまた雑炊なの!」
文句を言うな!と怒鳴られるとへーいと罰の悪い笑いを漏らし、おかずになるものはないかなーと辺りを見回す。
そして先程までいた人物がいないことに気づく。きょろきょろと家の中を見渡すが彼の姿は見あたらなかった。
「あれ、先生。利吉さんは?」
すると後ろから静かにその言葉は聞こえてきた。
「帰ったよ」
その一瞬、その声に息がとまるような錯覚を覚えた。
思わず駆け出し鍋の近くで味見をしていた先生に掴み掛かる。
「…っ先生今なんて」
焦りから声が上擦る。とにかく早く自分の直感を捨てたかった。
「え、だから帰ったんだよ、もう」
俺の剣幕に驚きながら、普段の口調で俺に伝える。いきなり掴み掛かられたものだからバランスを崩し二人それぞれ床に尻と膝を着いた。
持っていたおたまが床に転がる。
「そっか…」
その声を聞くと先程の緊張が解け、ずるずるとその胸にそのまま踞る。まだ心臓がばくばくして落ち着かない。
なんだ、何か言いたいことでもあったのか?と、俺の頭を撫でる先生の手が優しかった。しかし俺は未だ動けず見えない恐怖に怯え動くことが出来なかった。
もっと撫でていて下さい。どうかやめないでほしい。
「また、会えるさ」
聞こえる言葉は的を外れている。優しい声、いつもの声。違うんだ、そうじゃない。
さっきの先生の声は一瞬だけど殺気が篭ってた。今までと違う空気に変な予兆を感じて俺はとんでもなく心が落ち着かない。
嫌だ、嫌だ。先生はそのままで居て。どうかそのまま変わらないで。
この浅ましい想いが形になるのはとてもとても怖い。
そんな気持ちを知るよしもない先生は俺の頭を相変わらず優しく撫で、俺もそれに甘えゆっくり目閉じた。





胸にしがみついたままのこの子にどうしようかと頭を掻く。
時々こいつは年相応に甘えてくる。滅多にそれはないのだけれど、本当に稀に、ただ何も言わずくっついてくる。
そんな時はこちらも何も言わずただ付き合う。そのうちまた復活する憎まれ口を待ちながら。
「おい、そろそろ飯が冷めるぞ」
しかしこのままだと埒が空かないと判断し、そう声をかけた。もうあれからだいぶ待ったが浮上する気配がない。
「…食欲がないっす」
小さく聞こえてきた声に容赦なく耳を引っ張った。
「いっ…て何すんですか」
「飯は食う。話しはそれからだ」
だいたいドケチのお前が何を言う。お前らしくないぞ。 長年こいつの教師をしているのでつい説教が入るとやっと笑顔を覗かせた。
「そーっすね」
やっぱり食べることにしますと駆け出すと、洗いっぱなしにしていた食器の中からがちゃがちゃと二つ分の茶碗と箸を引っ張り出してくる。
「あ、先生。せっかくだから沢庵でも切ります?」
さっきバイトを引き受けたおばさんに貰ったんですよ。忘れてたと黄色い細長いものを腰布から取り出すと食器を置いてまた台所へと戻っていった。
まな板に向かうきり丸の背中がなんだか大きく見えた。先程まで小さい頃を反芻していたからかも知れない。
「…お前も知らぬ間に大きくなったんだな」
何気なく呟いた一言にとん、とんと規則正しく聞こえていた包丁の音が止まる。
「それでも俺は…俺のままです」
聞こえてきた言葉、なんだか様子が変だ。声が震えている。
「きりま…」
「先生も」
不審に思いその名を呼ぼうとしたら続く言葉に遮られてしまった。包丁を置いて戸惑いがちに振り向くきり丸の顔は泣きそうな顔で笑っていて、ただまっすぐ私の顔を見つめている。
「先生も変わらないで下さいね」
ざわりと胸の奥が騒いだ。それは今まで体験したことがなかった感覚でなんと表現していいか分からない。
自分の中でここで何か変わらないといけないと告げているようでもあり、また変わってはいけないと警鐘を鳴らしているようにも思えた。
なんなんだ…今日は一体。
矛盾している思いに歯痒さを感じつつも、平静さを保つために小さく息を吐くと不安に揺れるこの子に向かい合った。
「私は変わらないよ」
きっとこの言葉がお前が欲しがっている回答なんだろう。
迷うことなく告げたその言葉にきり丸は小さく笑った。

「いつまでも子供扱いしていると痛い目見るのはあなたですよ」
笑うきり丸に安心しつつ、先程言われた利吉くんの言葉が蘇り、胸のざわめきは鈍い痛みに形を変える。
出来れば気づきたくなかったなと成長したきり丸を眺めると、もう既に沢庵を皿に並べにかかり明日はご馳走作りますねと柄にもないことを言い出した。
その言葉にせいぜい期待してるよと答え、茶碗に雑炊を流し入れた。
気づいてしまった思いもどこかに流し入れてしまいたい。
これからの眠れなさそうな夜に胃がきりきりと痛み出した。



作品名:白昼夢 作家名:いるあ