トラブル・スクエア
放課後。帰宅途中の帰り道。
国道沿いの歩道を一人で本を片手に読みながら帰る門田の前に、黒い影が立ちふさがった。
「?」
顔を上げると、臨也がいた。
「やあドタチン」
「ん。どうした?」
本を下ろして、じっと何かを訴えたがっている臨也の眼差しを見つめ返す。臨也は猫のような大きな瞳を細くして、にっこり笑った。嫌な感じのする笑みだ。
「あのさ、――シズちゃんと今、どういう関係なわけ?」
「静雄?」
意味がわからない。
眉を寄せ無言で返すと、臨也は道を塞いだままクスクスと笑った。
「シズちゃんさぁ……今、かなりドタチンにはまってるみたいだよ。本当にどうしたらあんなに手なずけられるのさ。やっぱり何? 頼りがいがあって優しそうな人がいいわけ?」
「臨也、お前どっか打ったのか?」
心配になって問い返した。
静雄が懐いてるのか、と言われたらそうかもしれないとは思う。
新羅にもそう言われたし、彼と過ごす昼休みに門田も違和感を感じなくなってきている。
しかし、それをやっかまれるのは筋違いだと思うし、臨也がそこまで静雄に執着する理由はなんだ。
「……失礼だな、ドタチン」
「その名前で呼ぶな。……そこどけ、帰る」
強引に彼の横を通り過ぎる。
険しい顔を浮かべる臨也の視線を振り切って、歩きだすと、またもや背後から彼の声がかかった。
「……シズちゃんは渡さないから」
「……」
なんだ、こいつ変態だったのか。
こっそり心の中で確信した。それなら少しは合点がいく。臨也が静雄を怒らせるのは気を引きたいためなのか。なんて不器用な奴め。
とはいえ、今の門田の気分は静雄の擁護に傾いている。
臨也が静雄にいつも仕掛けているちょっかいは、時に他の人を巻きこんだり、静雄に物を壊させたりする。あいつはそうやって何か迷惑をかけるたびに落ち込むのだ。
いくら好意の裏返しだと知っても、彼の恋の手助けをする気は起らない。
そしてそういう特殊な問題であるのなら、それ以上首を突っ込む気にもならない。
「――じゃあな」
彼の発言は聞かなかったことにして、再び歩き出す。
諦めが悪いのか、臨也はその後をついてきた。
「なんだよ、コメントもなし?」
「……お前のカミングアウトを聞かされて、俺にどうしろってんだ」
相手をするのが面倒になってきた。余裕がなくなっている、というやつだろうか。
普段教室で見ている臨也は、もっと大人びていて、冷静な雰囲気があったはずだ。こんなに険しい顔でみっともない恋愛相談をしてくる奴ではない。
「だからさ……」
さらに臨也が何か言いかけた時だった。
遠くから近づいてくる人影。それは猛烈な勢いで両手を振って近づいてくる。
金色の髪をした長身の少年――あーあ。と門田は思った。今いちばん現れちゃいけない奴だ。
「シズちゃん……」
小さく臨也が呟く。門田に臨也がしつこく付き纏ったのも恐らくその為なのかもしれない、と今更気付く。彼がただ情けない顔をクラスメイトに見せるためだけにこんなことはしないだろうから。