トラブル・スクエア
「いぃいいいいいいざあああああああああやあああああああああああああああああ」
張り裂けんばかりの声を響かせ、砂礫を撒き散らす勢いで駆けつけてくる静雄。
彼が近付くのを見計らったように、臨也は門田の襟元を掴んだ。
「……ドタチンごめんね」
小さく謝るその臨也の顔は先ほどまでの必死さはどこへやら、普段と同じつややかな笑みを浮かべ――たかと思うと、門田の頬をげんこつで狙ってきた。
「は?」
「いざやあああ!!」
刹那――その臨也の体が、門田の前から急に消えた。代わりに静雄の拳が風をきる音を響かせながら、二人の間を通過する。
流石に驚いて、門田は数歩後ずさった。静雄がそういう攻撃をしてくるだろうことを予想して、臨也は直前で避けたらしい。歩道の脇のガードレールの支柱によじ登り、腰に手をついた。なかなかのバランス感覚の持ち主だ。
「シズちゃん、やっと来たね。何してたの? まさか学年主任に生徒指導なんてされてたんじゃないだろうね?」
「うるせぇ……うぜぇ、てめぇこそ、門田に何してやがった!」
静雄は門田の前に立ち、彼を守るように左手を伸ばす。静雄に守られたいとは思わないし、そもそもこの喧嘩には意味がない。
「静雄、俺は別に何もされてないから」
冷静に声をかけてみた。しかし怒りに震えている静雄は、一瞬振り返りにっと笑う。
「……門田、大丈夫だ。俺が今すぐこいつを殺すから」
「静雄……」
ああ、駄目だ。聞いてない。
そういえば静雄は静雄でこういう奴だったのか。キレると周りが見えなくなるというか。
(……参ったな)
彼の怪力に勝てるとは思わないし、一旦暴れ出すと落ち着くまで時間がかかることも新羅から聞いている。そういう性格を理解していて、臨也はわざと彼に喧嘩を売るのだ。
ガードレールの上に、雑技団のように華麗に立っていた臨也は、ニヤニヤしたまま、一度歩道に降りる。まるで静雄をよけて門田の方に迫るように近づき、再び下がった。
明らかな挑発――あきれるほどに分かりやすいそれに静雄はマトモに食らいつき、臨也を殴ろうと拳をうならせた。間一髪でそれをひらりと避けて臨也は走りだす。静雄はそれを追って駆けだす。学校内でよく見かける光景が、門田の視界の中で始まってしまった。
「ああ、もう……」
門田は頭に手をやる。臨也は静雄と喧嘩がしたいがために門田に絡んで、静雄はまんまとその罠にはまって。――新羅が言うように、これは横から誰かが介入できるような間柄ではない。
しかし静雄がこれでは気の毒だ。
門田は立ち去るのをやめて、暫く考え込んだ。臨也が静雄に恋愛感情に似た何かを持っているフリをしたのは、あれは本気か否か――。臨也のことだからまるっきりの嘘かもしれない。しかし最近静雄が門田の側にいて、喧嘩の回数が減っていたことは確かで――学校内でも臨也の視線を感じることも時々あった。
(考えれば考えるほど、……面倒だな)
静雄が少しでも冷静に考えられる奴ならいいのだが。今の通り、あっという間に理屈なくキレてしまうからどうしようもない。そしてあの二人の派手な喧嘩は他人が介入できるようなものでもない。
そうこう思っているうちに、数百メートル先の歩道橋の上を往復して戻ってきた臨也が、門田の横を通り抜けて行った。続けて風を切りながら静雄が追ってくる。
「ドタチン!」
通り抜ける瞬間、臨也が呼んだ。
振り返った時、臨也は再びガードレールの上に飛び乗り、器用に駆けるように進み出す。静雄もそのあとを全く同じように飛び乗った。
「お、おいっ」
流石に危ない。絶妙なバランス感覚をもつ臨也ならともかく、背の高い静雄では無理だろう――門田は思わず声を張り上げた。しかもだ。臨也は素早くガードレールから飛び降りると、両手を振ってバランスをとる静雄の横に立ち、優雅な仕草で静雄を車道の方へと突き飛ばしたのだ。
「うおあっ!!」
「静雄っ!!」
ゆっくりと軌跡を描きながら車道に倒れている静雄。当然ながら国道は休みなく車の列が続き、その時も大型トラックが猛スピードで迫りくる最中だった。
「静雄!!」