【テニプリ】Marking
さらりと手塚は言葉を躱す。高貴なお育ちらしいが、跡部の発言は時々、品がない。…だが、品のある喋り方をする跡部も想像が出来ない。本当は相手によって言葉を変えている跡部が自分達の前ではかなり素であることを知らない…手塚はコーヒーカップを二つ取り出すと、ポットのコーヒーを注いだ。
「飲むか?」
リョーマの席にコートを脱いで優雅に腰掛けた跡部にカッブを差し出す。跡部は受け取ると対面の席に腰を下ろした手塚を見やった。
「…お前、何か変わったな?」
しげしげと跡部は幼馴染みの顔を眺める。寝不足の所為か若干、やつれているものの、瞳は穏やかで澄んでいる。一日前とは人が変わったようだ。この顔は過去に2回だけ見たことがある。一度目は中学最後の夏、関東大会自分との試合。そして、2度目は今から、2年も前、手塚が引退を決めて望んだウィンブルドン…越前との決勝戦。吹っ切れたように空を見上げ、微かに口元に笑みを浮かべた手塚はどんなものより美しかった。しかし、それは試合でのこと。果たして自分が帰った後、リョーマとの間に何があったのか…。
(…恋すると、男も綺麗になんのかねぇ?)
跡部は思いながら、目の前に座る手塚を見やり、コーヒーを啜った。
「手塚」
「何だ?」
「越前、起こして来い。7時前の便なんだよ」
悠長に寛いでいる場合ではない。跡部は口を開く。
「…オレなら起きてるよ」
大きな欠伸をひとつ。寝室のドアが開く。寝癖で跳ねた髪にTシャツにスェット、眠そうに目蓋を擦り、欠伸を噛み殺す様は、十年前に見た光景と何一つ変わってない。
「顔を洗ってこい。ひどい寝癖だぞ」
「〜ん…」
手塚のリョーマの髪を梳く仕草が余りにも自然で…暫し、それに跡部は見入った。
(…何か、手塚が母親みたいだな…)
年下の恋人に自然とそうならざる得ないのか…。跡部はコーヒーを啜った。
食卓にはリョーマの好きな和食。ごはんに味噌汁、小松菜の和え物に鰺の開き、甘い卵焼き。その食卓に跡部はちゃっかりと相伴に預かる。
「ご飯が美味しい」
朝っぱらから、飯を二杯も平らげ、手塚は狙わず自分のおかずを遠慮もなく掠っていくリョーマを見ているだけで腹が膨れる。跡部は半分だけ食べた鰺の開きをリョーマへと押しやった。
「…やる」
「サンキュ。国光さん、おかわり」
作品名:【テニプリ】Marking 作家名:冬故