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きみにさよならする日まで

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「しょーもねえ嘘でもついたらすぐに胴体と首切り離して魚のえさにするからな」
「もちろんさ!」
 ちから強くうなずいて言われたとおりに剣から手を離すと、イギリスはいままでアメリカがつかんでいた場所をジッと見つめてからゆっくりと剣を腰にさしている鞘に納めた。
「とりあえず、おまえそれやめろ」
「それってなんだい」
「ここではだれにもイギリスとは呼ばせてない。俺はアーサーだ」
「ああ、アーサーね。アーサー・カークランド卿だっけ?」
 イギリスが公的な場でずっと使い続けている一般名だ。長い付き合いなのだから知っていて当然のことなのだが、イギリスはひどく驚いたようだった。眼を瞠り、みたこともない動物をみるような瞳でアメリカを凝視する。
「……どうして、」
「だから言ってるじゃないか。俺はきみを知ってるんだよ」
 そんなつもりはなかったのだが、名前を知っているという事実がアメリカの言葉に真実味を持たせてくれたようだ。
「とにかく、ここじゃ話もできないな。……ついてこい」
 平坦な声でそう言って、イギリスはくるりと踵を返した。赤くて豪華な外套がふわりと舞い、ブーツが高い音をたてる。
 カツカツと規則正しい靴音を響かせて歩き出したイギリスのあとを追うようにアメリカも歩きだして初めて、甲板にほかの人間たちがいることに気がついた。
 この船の乗組員だろうか。みなイギリスとはまったく逆の動きやすそうな服装で、しかも裸足の者が多い。イギリスとの対比が激しすぎて奴隷かなにかのように見える。
「ねえ、ここにいる人達は?」
「この船の乗組員だが?」
「……奴隷とかじゃなく?」
 素直に聞くと、イギリスはぴたりと足を止めて訝しげにこちらを見た。
「どういう意味だ」
「いや、みんな裸足だし。靴も与えてもらってないのかなあって」
「バカか。甲板は滑るから靴を脱いでいるだけだ。そんな常識も知らないのか」
「へえ、知らなかったよ」
 最近では船よりも飛行機が主流なので、大昔に船を利用していたときみんなが靴を脱いでいたかなんて覚えてもいない。なので素直に驚くと、イギリスは完全にバカにする視線をこちらに投げつけてから溜息をつき、また歩き出した。
 アメリカが歩くたびにギシギシと派手な音たてる木の床に、底が抜けるんじゃないかと恐怖を抱く。しかし前を歩くイギリスはとくに気にした様子もないので、体重の重みで抜けるほど弱い作りではないのだろう。それはわかっているが不安定に感じる足元にひやひやしつつイギリスのあとをおとなしくついていくと、たどり着いたのはやたらと豪華な一室だった。
 もしかして船長室だろうかと気付いたのは、先を歩くイギリスが我が物顔でずかずかと室内に入り、奥にある天蓋付きのベッドに腰掛けたからだ。そして真っ赤な外套と羽のついた帽子を放り投げるようにベッドに置き、身軽になってこちらを見あげる。
「中に入って扉を閉めろ」
「俺はどこに座ったらいいんだい」
「そこらへんにある椅子にでも勝手に座れ」
「まったく、横柄だなあ」
 肩をすくめて見せたが、イギリスは気にしたそぶりもなく冷たい視線でこちらを睨みつけるだけだ。
 いくらなんでも、アメリカはいまの自分の立場くらいわかっている。ここはイギリスの城で、自分は招かれざる客人だ。しかも目の前にいるイギリスにとってアメリカは初対面の男だ。いつものように傍若無人な態度をとって、それを彼が許してくれるとは思えない。
 しかたがないと言われたとおりに扉を閉め、部屋に置かれているやたらと大きくて真っ赤なソファーに腰を下ろす。
 自分でも気付かないあいだに神経が高ぶっていたのか、座りこむとなんだかホッとして肩のちからが抜けた。ようやく周りを観察する気持ちの余裕も生まれ、船長室と思われる室内に視線を巡らせてみる。
 質素な外観とはうらはらに、室内は豪華だ。床には赤い絨毯が敷かれていて、ベッドやソファーもふかふかで大きくかなり豪華なモノだとわかる。キャビネットやタンスも装飾が美しく眼を惹くし、壁に飾られている絵画も美術館にある物のようだ。
 これだけを見ればすぐに船長室だとわかる。けれど、アメリカがすぐに船長室と気付かなかった理由が室内のあちこちに転がっているのも気になった。
 部屋のあちこち、それこそいまアメリカの座っているソファーやベッド、キャビネットや床の上にも我が物顔で鎮座している大小さまざまなテディベア。ほかにも犬やウサギのぬいぐるみや、天井に吊り下げられた赤ちゃん用のおもちゃに似たなにかまである。
 これのせいでアメリカは初め、ここを子ども部屋なのかと思ったのだ。けれどイギリスが当然のように入っていくし、そもそも船内に子どもなどいないだろうと気付いてその可能性をすぐに捨てた。そしてたどり着いたのが船長室という結論だ。
「……これ、ぜんぶきみの?」
 アメリカの隣に座っている日本くらいの大きさがありそうなテディベアを触りながらイギリスに問う。可愛い物が好きな彼を知っているだけにからかう気持ちもなく、ただ純粋に問いかけただけなのだが、イギリスは警戒するようにきゅうと眉を寄せるだけで答えてはくれなかった。
「俺のことはいい。それよりも、さっさとおまえのことを話せ」
「はいはい、わかったよ」
 肩をすくめてシルクのような手触りの毛並みから指を離した。そして腕を組み、ふむと考え込む。
 なにから話せばいいのだろう。というか、そもそもこんなこと信じてくれるのだろうか。真実を余すことなく話しても嘘をつくなと言って信じてもらえない可能性もある。
 ちらりと視線をイギリスへと向けると、彼はアメリカを観察するようにじっとこちらを見ていた。アメリカの知っているイギリスとなにも変わらない、曇りのない碧色の瞳だ。
「俺は嘘は言わない。それだけは信じてほしいんだ。バカみたいに聞こえること思うけど、真実をちゃんと話すから」
「……わかった」
 イギリスがしっかりとうなずいてくれたのを確認して、アメリカは短く息を吸って話しだす。
「まず初めに聞きたいんだけど、きみ、アメリカって国は知ってるかい?」
「アメリカ……?」
 イギリスは不思議そうに復唱して首をかしげ、数秒黙りこむ。そしてゆっくりと首を振った。
「知らねえけど」
「そっか」
 これで、イギリスが嘘をついていないかぎりここがアメリカが生まれる前の世界だということはわかった。
 船やイギリスの服装、そしてさきほどちらりと見た乗組員の様子からみてたぶんこれは海賊船なのだろうと思う。イギリスと海賊船。フランスやスペインが聞いたら真っ青になりそうなキーワードだ。あのふたりは海賊船に乗ったイギリスにそりゃもう何度も苦汁を飲まされたと言っていた。
 イギリスが海賊のまねごとをしていて、アメリカと出会う前。これでいまの時代はだいたい予想できた。なんの解決にもならないが、過去にいるのだとわかれば不透明さは消えて気持ちがすこし落ち着く。
「俺、たぶん未来から来たんだと思うんだ」
「みらい?」