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銀の弾丸などはない

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「…くそ。私は自分に嫉妬しそうだ」
 そうして吐かれた言葉に、エドワードも息をのむ。今何と言ったのか、この男は。
 だがロイはそれ以上その言葉を深く掘り下げることはなく、鋼の、聞きなれた彼の呼び方で静かに呼んできた。
「くれぐれも無茶はしないように。本当に怪しいと決まったわけじゃないんだ」
 真摯な表情に一瞬だけエドワードの中の何かが揺らいだけれど、彼はそれを強引にねじ伏せた。そうして、自信に満ちた顔で笑う。
「本当に怪しいって決まったわけじゃないなら、無茶なんてするわけないじゃないか。あんた、心配症だなあ」
 エドワードは立ち上がり、少しだけ差の縮まった黒い瞳を見上げる。その角度は昔より緩やかになっていた。それだけ、彼の目が近くに見えるということだ。
 ロイの瞳はとても黒く、深い。けれども濁っていたことはなく、奥の奥まで見通せるような、そういう深さをもっていた。エドワードは海を見たことがなかったけれど、彼の瞳はそういったものに似ているように思えた。深山幽谷のひそやかな湖の底や、誰も訪れない深海の底。けれども恐怖を感じたことはなかった。自分が見つめるときは、いつでも自分がそこに映っていたからかもしれない。
「――ひとつ、約束を増やそうか」
 なぜそんなことを口にしていたかはわからない。けれども何かに突き動かされるように、エドワードはそう口にしていた。
「約束?」
 ロイは不思議そうに小首をひねる。それに笑って、エドワードは続けた。
「そうだ。約束。次にオレが帰ってきたら…」
 ロイは軽く目を瞠った。エドワードは構わずに続ける。
「あんたは何か、オレに手料理をごちそうして」
「…手料理?」
「あんたの料理ってば著しく味が足りないんだよ。オレはよく我慢したと思う」
「…三杯目にはそっと出すんだぞ、居候は」
「知るかよ。オレがそんな柄じゃねえのはあんたがよく知ってるだろ」
 エドワードは笑いながらドアノブに手をかけた。そして、背中越し、そっと口にする。
「――あんたはオレに、お帰り、っていうんだ」
「…?」
「それが、約束。オレはただいま、っていう。そうしたらあんたは、おかえり、そう言って、オレを迎えて」
「……鋼の……」
 ドアは開いた。そして、金色は姿を消す。
「いってくる」
 その短い言葉を、後見人であった男に残して。

 エドワードが行ってしまった後、しばらくロイは動けなかった。彼に言われた言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。

――あんたはオレに、お帰り、っていうんだ。

 彼は自分のところに「帰ってくる」といった。弟の所でも、いとおしいはずの故郷でもなく、自分の所へ。
 ロイは額を押えて椅子に座りこんだ。自然と笑みが浮かんできた。あたたかい笑みだ。
 ロイはようやく体を動かして、椅子に座った。
「…エドワード」
 そうっと呼んでみる。
 目を閉じる。思い浮かべてみる。
 思えば長い付き合いだった。初めて彼を見た時の面影はもうどこにもなくなっている。その凄惨さは。ただ鮮烈な印象は年を追うごとに増していって、眩しさだけがどんどんと強くなっていく。
 大佐、と呼ばれていた。まっすぐに感情をぶつけられていた。あの日々はそんなに前のことではないように思っていたのに、…若者の成長は早い。さみしくなるほどに。
「…私のところに、…帰ってきてくれるのか。君は」
 それでも彼は、自分の所に帰ってきてくれるのだという。自分のためにあんなにも簡単に身を捧げて。
 彼はいつか気づくだろうか。
 自分が、彼がそうしてくれることに対して、どれだけ満ち足りて、同時にどれだけ口惜しく思っているかということに。
「…待っているよ。鋼の。いつでも」
 ロイは目を閉じて、祈るように手を組み、額に当てた。
 彼は祈る神をとっくになくしていたけれど。
























 アルフォンスに突然出発することになったことと、何か情報があればロイに伝えてほしいこと、ルーシーはサックスの娘であるらしいことを慌ただしく伝えた後、エドワードは最終の寝台列車に飛び乗った。向かう先は、サックスの本拠地がある南部だった。
「にいさん、新聞はどう?」
「もらう。あとさ、どっかにホットドック売ってねえかな」
「にいさん、ラッキーだね。なんとおいらんちはデリも兼ねてる」
「そりゃラッキーだわ。ついでにコーヒーもありゃありがたいね」
 もう遅い時間だというのにまだ労働中の子供と軽口をたたきあって、エドワードは新聞を三紙とホットドック、コーヒーを手に入れた。そして。
「にいさん、あれ、ちょっと多いよ」
「多くないぜ、おまえの数え違いだろ?」
 少し多めに渡したコインをウィンクしながら少年に握りこませて、そうして軽やかに彼はセントラルを後にしたのだった。




 サウスシティへ入る前に、エドワードはサックスグループの第一号となった病院のある街へ寄ってみた。ついたのは、翌日の午後だった。とりあえず宿を見つけた頃には病院は既に在来の受付を終えていたが、見舞客に紛れて中に入った。エドワードの侵入を食い止めようとするなら特殊部隊対策と同程度の警戒が必要であり、地方の病院にそんなものが存在するはずもなかった。
 強いて難を挙げるとするなら、エドワードの外見が非常に目立つものだ、ということだが、それだって使いどころを心得てさえいれば問題はない。彼もいくらか大人になったので、何かあったときにはとりあえずにこりと笑えば何とかなる、という処世術を一応は身につけていた。

 その後エドワードは入院患者の病棟を見て回ったが、特にこれといって問題はないように思えた。まあそれはそうか、と曲がり角を曲がったとき、そこには談話室のようなコーナーがあった。なかなかいい環境なんじゃないの、なんとなくそう感心したエドワードの視線は、談話室にかけられた肖像画で止まった。
「……?」
 くっきりとした青い目だった。誰かに似ている、と思って、それが、昨日助けた少女に似ているのだと閃くのには少々の時間が必要だった。
 ただの偶然なのだろうが、そもそもどういった経緯でこの場にかけられている絵なのだろうか、と単なる興味本位でエドワードはその肖像画に近づいてみた。
 近づいてみれば、一応は下に説明書きがあった。それを流し見て、エドワードは首をひねる。これといって特に問題がないようだったので。つまりは拍子抜けしたということだが。
「……ファビー・サクソン。女医…」
 つまりはやはり医療に関係する人間であるらしい。確かに、芸術的なというよりは、写実的な肖像画だった。
名前の後には簡単な経歴が書かれていたが、そこにもおかしなことは特にないようだった。
ないようだった、のだが。
「…?」
 奇跡の手と呼ばれていた、とそこには書いてあった。それがエドワードの琴線に何か引っかかった。どこかで見たことがあると思ったのだ。
 そうしてまた考える。
 古くは、医師と錬金術師を兼ねる人間は多かった。ここに神職が加わればまさしく古代の知識階級だ。
作品名:銀の弾丸などはない 作家名:スサ