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銀の弾丸などはない

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 ロイは腕組みして考え込んでしまった。部下の言うことは幾らか極端だったが、確かに本当にそんな事態になったら困るだろう。しかしもしもサックスが企業の論理で生きているのなら、目指すところはそれ以外にはないようにも思った。
 だが、サックスが本当に企業としてそういったものに向かっているのかどうかも今の時点ではわからないのが問題なのだ。なぜサックスはルーシーを誘拐同然にしてでも連れ去ろうとしたのか、ルーシーの持っていた本はなんなのか…。
「そういや、准将は聞きましたか? 大将の報告」
「報告? いや、どこにいるかは聞いたが…」
「ファビーなんとかいう医者の話は? 聞いてませんか」
「ファビー…? さあ、それは聞いていない気がするが…いや、メモにはあったのかもしれないが」
 ブレダはそうですかと一度頷いて、鞄から封筒を取り出した。
「うちの大尉は本当によく出来たひとですよ」
「ホークアイ大尉が?」
 ブレダはそうですと答え、封筒をロイに差し出した。
「大将から要請があったそうです。ファビー・サクソンという女医に関する情報を集めて欲しいと」
「女医?」
 ロイは眉をひそめた。女性に興味を示すとはエドワードにしては珍しいというべきか、何らかの関係者として浮上したのか、と判断すべきなのか一瞬迷ってしまったのだ。
「ちなみに、もう亡くなってる女医さんですがね」
 そんなロイの心理を読んだかのように、ブレダは澄まして付け加えた。それに、ロイはいくらかばつが悪いような様子で「そうか」と答える。
「その女医の肖像画がサックスの病院では談話室に常に飾ってあるそうですよ。少なくとも一号、二号、五号の病院では」
「…ファビー・サクソン…」
 ロイは封筒から資料を取り出し、静かにめくってみた。聞いたことのない名前だったが、経歴を見る限り随分と腕のいい医者だったらしい。
「…奇跡の手?」
 ロイは略歴の中で彼女に捧げられた異称に目を留めた。奇跡の手とはまたすごい名前だと。だが、すぐに目を瞠ることになった。
「…錬金術師…?」
 息を飲んだロイに、ブレダの淡々とした声が聞こえてきた。
「――ファビー・サクソンは、サウスシティの錬金術師の家系に生まれたそうです」
「……」
 顔を上げたロイを、ブレダがしっかりと見返す。
「俺らにはさっぱりわかりません。…でも、准将達なら、何か読み取れんじゃないですか、何かの線みたいなものが」
 何事も、点と線が繋がった時初めて実態が見えるようになる。だが誰もが見えるようになった時では多分手遅れなのだ。だからこそ、点から線を組み立てる先読みの力はどの世界でも重要な力になる。そしてその最大の協力者とは常に情報だ。ロイとエドワードには錬金術師としての判断力があり、そこからファビーを読み取ることはできないか、とブレダは言っているのだ。
「…俺にはサックスが白だとは思えないんですよ、准将」
 やがてブレダがぽつりと言った。
「何かたくらんでるんじゃないかって、それが俺は怖いと思ってるんです」
 これはけして検診を受けなくてはいけないから言うのではない、と冗談のように付け加えながらも言ったブレダに、ロイはちらりと顔を上げ、冗談めかしてこう答えた。
「――それはうちの鷹の目殿下より怖いのかね?」
 この台詞にブレダは一瞬目を見開いた後、表情を崩して笑った。
「…確かに、それに比べたら怖くはないっすね」
「だろう?」
 ロイは目を細め、車窓を見た。流れていくその景色を。
「どんな善人でも欲望とは縁を切れないものだ。それこそ、生きることは欲求をどうやって果たしていくかということなわけだから」
 やがてロイはそんな風に言ってブレダを見た。
「そういう意味では、悪人というのは実は案外わかりやすい人種なんだろうな。当り前の善人の方がよほど扱いに難しい」
「…サックスが何か企んでるとして、悪意ばかりとは限らないと?」
 ロイは肩をすくめた。
「さあな。私は彼と面識があるわけではないから…」
 黒い瞳が細められ、その持ち主は感慨にふけるような表情で頬杖をついた。窓には彼の端正な面立ちが映り込んでいた。
「…なんにせよ、まだ材料が少ない。…今できることは、暴走する前に豆を止めることだ。まずはな」
 ふう、とわざとらしくため息をついて再び肩をすくめた上司に、ブレダはこっそりと笑った。まったく、素直ではない連中だ。そろいもそろって。

 サックスグループの総帥であるオリバー・サックスの本邸がある街にはグループ内で最大の規模を誇る七号の病院があり、ロイ達が降り立ったのはその街だった。改札をくぐれば、当然のように高そうな車の出迎えが待っていた。随分とまた熱烈な歓迎だな、と二人は目を見合わせたが、口に出しては何も言わなかった。まだ判断するには時期尚早、と考えたのと、単純にマナーの問題から。
 辿り着いた屋敷は広く古く、サックスの力を暗に示していた。時刻は夕刻に近く、今日はその屋敷に宿泊し、翌日に検診を受けることになっていた。



 では、その頃エドワードがどうしていたか、といえば、だ。
 まさか何のかんのと心配した大人達が自分が活動する近くまでやってこようとは夢にも思っておらず、推論や何かを組み立てた結果、とうとう潜伏調査を始めていた。
 …つまり、簡単にいえば、病気を装って普通に病院へ行ってみたのである。考えてみれば初めからこうすればよかったんだ、と思ったエドワードであるが、灯台もと暗しというよりは、単純に彼があまりに健康優良体過ぎて「病院へ行く」という発想がなかなか湧かなかったので仕方がない。その辺はロイも似たり寄ったりで、健康診断なんていうものを良くできた副官が思いついてくれなかったら、視察するくらいしかサックスグループへのアプローチは考えも及ばなかったに違いない。(彼女はサックスがロイに話したいことがあるそうで、と電話では言っていたが、その辺も元を質せば彼女の手腕に尽きるような気もしないことはない)
 あからさまに風邪はひいてないし、頭痛程度では何回も通院できない。といって精神病という風には多分見えないと自覚していたし、結局エドワードが選んだのは、自分で関節を外すことだった。本当は骨でも折って入院しようかと思ったのだが、それをやるとさすがに治りが遅くなるので自重した。それに、いくらなんでもそこまで自虐の気はない。痛いのも好きではない。
 そうして彼は自ら膝の関節を外し、サックスグループ最大規模を誇る七号病院へやってきたのである。そこでは、頻繁にオリバー・サックスの姿も目撃されているがゆえに。
 ちなみにエドワードはその行動に特に後悔はしていなかったが、それでもこうは思った。関節は、病院の手前で外せばよかった、と。さすがに変かと思い宿屋で外してみたのだが、宿から病院へ行くまで意外と遠く、行くまでが結構な重労働になってしまったので。
 ――なお、それらは、ロイがホークアイからの電話を受けた当日の出来事だった。

 エドワードはおとなしくしていれば線の細い、文系の青年に見える。むしろその中性的な容姿からあの乱暴極まりない行動を予想する方が不自然だった。
作品名:銀の弾丸などはない 作家名:スサ