二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

銀の弾丸などはない

INDEX|17ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 オリバー・サックスは今年で四十歳になると聞いていた。髪にはわずかに白いものが混じり始めていたが、まだ十分に若く、働き盛りという印象を与える。瞳は明るい鳶色で、どことなく人懐こい印象を与える男だった。
 だがそういう人間こそ要注意なのだとロイは感じていた。人懐こさの陰には強かさも見て取れたし、そうやって人の警戒を解すことに長けている人間こそ怖いものなのだ。
「なんでしょう」
 しかしロイもまた、自分の童顔が(普通にしていれば)人の警戒を解すことを知っていて、だから同じようににこやかに対応する。
「ご存じの通り、私はいくつか病院を経営しておりまして」
「ええ。――ですから驚いたのですよ、今回」
 ロイは軽く笑って付け加える。
「こんな個人的な健診を受けつけてくださるなんてね。サックスグループと言えば、今や南部のほとんどすべてに近い病院を傘下に収めている大きな組織だ。それが、こんなしがない軍人の健康診断まで引き受けてくださるとは、とね」
 くすくす笑ったロイに、瞬きした後オリバーもまた笑った。
「何をおっしゃいますか。マスタング准将といえば救国の英雄です。その健康なら私にとっても、アメストリスにとっても大事な問題でしょう。それに、うちはどんな人でもそれが病気か怪我で困っている人なら受け入れるのを身上としていますから」
「ご立派なことだ」
 嫌味に聞こえない声でロイは言った。隣では部下が化かし合いをお茶を飲みながら見守っていた。
「…しかし、准将閣下」
「なんでしょうか」
「大きくなれば、自然人の目を良くも悪くも集めるものですね。これは閣下の方が身に染みてご存知かもしれないが…」
 ロイは瞬きしてかわした。
「さて。どうでしょう、私にはよく…」
「ご謙遜を。…わたくしどもの方でも、そうした問題がやはりありましてね。わたくしどもをよく思わない方もおられる。そうした方には個々にお答えしているのですが、なかなかうまくいかないのが現実です」
「お察しいたしますよ」
「ありがとうございます。…苦情くらいならいいのですが、中には強硬な方もいらっしゃいましてね。病院の爆破予告なんてのも最近はありまして、まったく、病院には入院してらっしゃる方もいるというのに…嘆かわしいことです」
「大変なんですね」
 ロイのあっさりした反応にオリバーは一瞬目を瞠った後苦笑した。
「そうですね。それなりに」
「――しかし、爆破予告とは穏やかでない。テロリストか何かなんでしょうか」
 さあ、とオリバーは首を振った。
「そこまではわかりかねます。地元の憲兵隊の方にも応援は依頼しているのですが…、なかなかトカゲのしっぽ切りのようでして」
「ああ。それでは困りますね」
 ロイは心配そうに言った。よくやる、とはブレダの内心の言だ。
「ええ…、そんな風に物騒なもので、色々と身内にまで厄介がかかるようになってきましてね」
「お身内…と申されると、ご家族に?」
 何も知らぬげな顔でロイは尋ねた。オリバーもまた、ロイがわかっていてとぼけていることに気づいているだろうに、何も言わない。お互い大したものだった。
「実は、お恥ずかしい話なのですが、今より若い時分に子供を作りましてね。…ですが相手の親の反対が強くて、結局籍も入れないままになってしまって…、いや、お恥ずかしい」
「お子さんがいらっしゃるんですか。それは羨ましい」
「准将はご結婚は? 女性が放っておかないでしょうに…、やはり理想のハードルが高いのかな」
「そんなことはありません。誰もこんな野暮な軍人の所になどきてくれはしませんよ」
 ロイは苦笑して手を振った。もちろん、ロイが望めばそんなこともないのかもしれないが、彼の中にそういった、家庭を築くという思考がないので仕方がない。だが家族というものには、痛みにも似た憧憬は存在した。言うまでもなく今は亡き親友の影響である。
「…、その、娘なのですが、娘を引き取ろうと思いましてね」
「そうですか。…その、ご結婚に反対だったご家族は?」
 当然の疑問を口にすれば、オリバーは苦笑交じり首を振った。
「やはり、頑として受けつけてはくれませんでした。今ではそれなりになったかと思ったのですが…、…娘の母親も、亡くなっていましてね。その葬儀にも顔を出さなかったのにと詰られましたよ」
 オリバーの横顔には寂しげな苦笑があった。それは本当に演技とは思えない表情だったが、同情する間柄でもない。ロイはただ何も言わずにその顔を見ていた。
「今のところ娘には害が及んでいないようですが、いつ私を敵視している連中に素性が知れるともわからない。説得しているのですが、なかなか義父が強硬でしてね…」
「いつの世も父親とはそういうものなんでしょう」
 ロイは脳裏に親友を思い浮かべながら、世間話の要領で口にした。おや、という顔をオリバーが向けてきたので、それに軽く目を細めて笑みを象る。
「私の友人にもひとり、娘を持った男がいましてね。随分小さいころから言っていました、嫁にはやらないと」
 オリバーは軽く目を瞠った後苦笑した。
「なるほど。…私も娘を引き取ったらわからないな」
「私にはやはり実感としてわからないが、きっとそうなんでしょうね」
 言いながらロイの脳裏に浮かんだのは、最近随分とりりしくなってきたエドワードの姿だった。エドワードは娘では、というかロイの子供ではないが、たとえばもしも彼に若い娘さんを紹介されたらどうだろうか、とふと思ったのである。その時自分は祝福してやれるのだろうか。勿論ヒューズのように反対はしないだろうが(娘ではないので)、それでも、笑って祝福は出来ない気がして、自分で驚いてしまった。自分の中にそういう執着があったことにだ。
「…とにかく、今は何度も連絡を取って義父に掛け合っているところなのですが、なかなか首を縦には振ってくれなくて」
 ロイは苦笑で報いながら、この先に来るのはエドワードの話だろうか、と考える。もったいぶっているが、多分そうだろう。むしろそうでなかったら驚くとさえロイは思った。
 案の定というべきか、そこでオリバーの顔は曇った。
「とうとう先日、部下を迎えにやったのですが…、その前で誘拐されてしまったのです」
「それは…お察しいたします。軍には届は?」
「出しましたが、鋭意捜索中だそうです」
 そんな話は初めて聞いたな、とロイは内心思った。何しろ今話題の「娘」は軍部中央司令部所属女子寮にて厳重な警戒のもと保護されているのだ。もしもその娘に関する捜索願や、誘拐されたといった届などが出ていたら、たちまちのうちにあの鷹の目の所に情報が集まるに違いない。何しろ彼女はひそかなる女子寮のスターなのだ。本人は認めたくないようだが、身近な面々はその事実を過不足なく知っていた。
「そうですか」
作品名:銀の弾丸などはない 作家名:スサ