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銀の弾丸などはない

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 全く今はそれどころではないというのに、と思いながらも、通りがかったロイを見た看護婦が「あらっ、マスタング准将! やだ本物!」なんて騒ぎ始めたものだからもう逃げようがなかった。急いでいるからなんてとても言えたものではなく、今や救国の英雄とも一部では言われる男が、幼児の救出に駆り出されることに。
 幸か不幸か、今や猫をしっかり抱えて震えている子供が登ってしまった木はなかなかにがっしりと安定した幹をもっていて、ロイが登ってもしなることもなかった。これがもっと弱い木であったなら、成人男性のロイは最初からレスキューをお役御免になっていたのだろうけれど。
「…ほら、」
 どうにかこうにか子供が降りられなくなっている近くまで登ると、上体を起こしてロイは片手を伸ばした。童顔がうまく効いてくれますようにと念じながら笑いかければ、子供の大きな目が潤んだ。だが意地っ張りなのか、なんとか泣くまいとして唇をきゅうっと引き結んでいる。
 その光景が、ロイの中で何かと重なった。
 泣きたいのをこらえる子供。うまく泣くことのできなかった子供。犯した罪の大きさに、正気でいることさえ手放しかけていた子供…。
「…、」
 気がゆるんで、一度も呼んだことのない愛称を、全く別の子供に向って言いそうになってしまった。だけれどもその音節は空を震わすことはなく、わっ、という子供の火のついたような泣き声だけが響いてきた。
「…っ、」
 いくら安定した木とはいえ、そこはやはり木である。空中である。慎重に足場を確保しなければ危うい。だが猫と子供はパニックに陥るとそういったことが見えなくなる生き物なので、双方がロイにたっ、としがみついてきた。たまらないのはロイだ。
 それでもなんとか片腕で幹をつかむと、どちらも取りこぼすことなく胸に捕まえる。ほっと安堵の息を吐くのと、下で看護婦達の黄色い悲鳴が聞こえるのはほぼ同時だった。
「ほら、大丈夫だから。しっかり?まって」
 ぎこちなくではあったが、見よう見まねで子供の頭を撫でてみた。人殺しの手で触れていいものなのだろうかと、ちらりと自虐の念が湧かないでもなかったが、子供は嫌がるどころか額をこちらにこすりつけてきた。
 その柔らかさと純真さに胸が詰まる。エドワードにもこんな時代があったのだろうか。あの頃、あの、初めて会った時、本当は彼はこんな風に子供だったのではないだろうか。
 一度くらい、頭を撫でてやればよかった。
 不意にそんなことを思った。あの、肩で風を切って歩くようだった少年の姿は小気味よいものがあったが、だが同時にやはりかわいそうに思ってしまうような部分もあったのだ。
 子供と猫を落とさぬように下に降りれば、看護婦達の歓声は大変に大きかった。そしてその頃には、子供の母親らしい人もその場にはいた。車椅子に乗せられて。
 …なるほど、入院しているのが母親で、退屈した子供がこれか。
 ロイは、自分の胸から母親に手をのばして泣いている子供をちらりと見た後、納得してそっと子供を地上におろしてやった。
 子供はロイをふりかえることすらなく、わあっ、と車椅子の女性にすがるように飛びつく。
 …飛びついたのだが。
「ばか!」
「…!」
 膝にすがる寸前、いかにも病弱そうな女性が平手を張って、体を震わせて怒鳴りつけたのである。これにはロイまでもが驚いてしまった。しかし…。
「…ばか、なんであんたはそんなに馬鹿なの…、あんたに何かあったら、おかあさん、どうしたらいいの」
 途端に顔をゆがませてしまった女性に、ぱちんと叩かれてびっくりしていた子供の顔も歪む。

 おかあさん、ごめんなさい、ごめんなさい、

 そうやって繰り返す子供の甲高い泣き声と、母親の「ばかあ」という泣き声が中庭に響く。…感動の場面ではあるかもしれないが、ロイはそれよりも今は行きたいところがあった。
 しかし…。
「ありがとうございました!」
「さすがマスタング准将閣下!」
 看護婦達が周りを取り囲んで出られなくなり、進退きわまってしまう。困った、と思いながらも打開策が見つけられないでいると、にゃあ、と猫の鳴き声がした。
「病院に猫なんて困ったな、猫の毛は確かアレルギーがあるんですよね?」
 え?
 と、きょとんとした白衣の天使数名に、ロイはとっておきの笑みを浮かべて目を細めた。
「では、あの猫は私が預かろう。迅速に行うのがいいだろうね、失礼」
 言うだけ言うと、ぽかんとしている彼女達に何かを言う暇も与えず猫を抱きあげ足早に、いやむしろ小走りに駆けだした。
 もてるのは困ったことではないが、今は本当にそれどころではなかったのだ。だが、あ、と思いだし、もう一度会心の笑みを浮かべ振りかえる。
「色々あってね、私がここにいたことは他言無用に願いたい」
 よろしく、と意識して甘く笑えば、もちろんです! と白衣の天使から黄色い声が返ってきた。
 …ちなみに、このロスタイムが思わぬ形でロイに味方することになるのだが、彼はその時まだそれを知らずにいた。


 ロイが談話室でつらつらと考えをまとめている頃、応接室ではなかなかに愉快な事態が起こっていた。
 いや。正確にいえば、仕掛けた本人にとっては愉快かもしれないが、他人にとっては不愉快な事態だったのだけれども。
「…なんつうか、聞いてあきれるっつうか?」
 もはや柄の悪さも三割増になったエドワードが、手首を拘束されながら憎々しげにオリバーを見る。
「すまねえ、大将…」
 そんなエドワードの脇では、検査着のままやはり拘束されたブレダが情けない声を上げる。
「いや、いいって。オレもちょっと甘く見てたから、そのつけなんだろうしさ」
「でもよ…」
「いーっていーって」
 エドワードはブレダには悪童めいてはいるものの確かに笑ってそうなだめた。
 しかし、再びオリバーに向き直った顔は、怒りを隠しもしないものだった。だが、相手にしても特に堪えたような様子はないから、どうということもないのだろう。むしろエドワードとしてはそれすらも腹立たしいことなのだが。
 ――どこかで情報を手に入れたとは思わなかった。恐らくオリバーは独自の情報と独自の判断で、エドワードが人体練成に近しい場所に在ることをかぎつけたようだった。もしくは、人体練成に近づくために、それに近付ける可能性のある錬金術師を探していたか。恐らくは後者がより実態に近いのではないかと思われる。
 オリバーは言った。
 人の命を救うために、その術を学びたいのだと。
 エドワードはそれは傲慢だと答えた。一言のもとに斬り伏せたのだ。だが彼の脳裏にはいつまでもあの日の過ちの映像が消えないでいたから、その反応はむしろ静かな方だったともいえる。
 しかしオリバーにそんなことはわからない。
 どうしても聞いてはくれないのか、と食い下がってきたのをエドワードがにべもなく断れば、これが縁というものなのかもしれない、とぶつぶつと呟いてから路線を変えてきた。
 訝しむエドワードに、彼は言ったのだ。お仲間を預かっている、私としても乱暴なことはしたくない、と。
作品名:銀の弾丸などはない 作家名:スサ