銀の弾丸などはない
エドワードは黙って瞬きした。ロイもまだ口を開かない。
「細胞のひとつひとつには遺伝情報が含まれている。いつかそれが解明される日が来たら、…結局、人の形なんて曖昧なものでしかない。錬金術師の言う禁忌なんて、単なるロマンチシズムに過ぎないのではないか」
エドワードとロイの顔が同時に歪んだ。だが、口を開いたのはロイの方が早かった。
「…ふざけるな」
それまでは保たれていた落ち着いた物腰が一気にはがれおち、凶暴な色をのぞかせる。一気に増した覇気のようなものに、エドワードさえ目を瞠る。
今、ロイの黒い眼は真っ直ぐにオリバーを睨みつけていた。
「ふざけるんじゃない。人の命はそんなに軽いものじゃない!」
その一喝はびりびりと空気を震わせる激しいものだった。
エドワードは、口を開こうとしてやめた。珍しく激昂しているロイを、じっと傍から見るに留めて。
「――貴様が何をしようとしているのかは知らないし興味もない。だが、認めることはできない!」
オリバーは瞬きした後、不思議そうに首を傾げた。
「…何をそんなに怒るんだ。もう一度会いたい人に会いたいと思って、会う手段があると知ってそれを試そうとして、いったいその何がそんなに悪いと…、」
エドワードは首を振った。聞きたくはなかった。だから、掌を打ち鳴らした。
その乾いた、小気味よい音にオリバーが喋る口を止める。
「――その気持ちが人を人にするんだ」
エドワードは床に手をつけて、顔を伏せ、ぽつりと言った。
そうだ。その気持ちが、愛情や哀惜が人を人たらしめる。叶わないものを願うのも、それは自分たちが人間だから。
だが、同時に知らなければならないのだ。なんでも願えば叶うわけではないことを、別れを受け入れなければならない時もあるのだということを。
もう必死さはないかもしれないが、それでも母を取り返そうとした瞬間のあの幼さと愚かさはいつまでも消えないものとして残っている。それを、目の前の男はどうしようもなく思い出させた。
練成光は床とデスクを包み込む。男は抵抗という抵抗もしなかった。諦めているのか、諦めることなど端から考えていないからそうなのかはわからなかった。
きっとこの先もわからないだろうと、なんとなくエドワードは気付いていた。
ブレダの通信によって、最寄りの南方司令部から人が派遣された。おとなしく連行されるオリバーは、やはり自信があるように見え、逮捕の要請をしたエドワード達の方が疑ってしまうような様子だった。だがそれでも、彼がごく一時とはいえエドワードとブレダを拘束したのは事実だし(しかしこの部分をつつくと、ロイとエドワードの行き過ぎた正当防衛に触れないわけにいかなくなるのであまり深くは突っ込まない)、ルーシーを誘拐しようとしたのも事実だ。
「…オリバーさん…!」
総帥逮捕の知らせに飛んできたのは、ルーシーの叔父であるクレイマンだ。彼は呆然とした目で義兄にあたる男を見送った後、猛然とエドワードに食ってかかった。
「おまえが! この…!」
「落ち着きたまえ」
エドワードがクレイマンを払い飛ばす前に、ロイがその手を止めた。ロイに止められたことで、クレイマンは驚きに目を見開く。
「…落ち着くんだ」
ロイの静かな声が、廊下にしみわたっていった。
余談ではあるが、オリバー逮捕の後は直情すぎるきらいのあるこのクレイマンがサックスグループをまとめていくことになる。オリバーに比べればずっと凡庸な男だったが、グループのまとめ役にはそれくらいの方がちょうどよかったらしく、この後もサックスグループは無事に経営を続けていくのだった。