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銀の弾丸などはない

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 しばしそうしていて、唐突にエドワードは気づいた。この子供は確かにエドワードのことも警戒しているかもしれないが、それは単純に疑っているからだけでもないのかもしれない。
 青年は微笑して、なるべく優しく聞こえるように言った。
「困ったときはお互い様、ってやつだ。ガキがあんなん、囲まれてたら助けるのは当たり前のことだしな。気にすんな。あと、子供は黙ってどんどん甘えとけ」
 くしゃっと頭をかき混ぜれば、驚いたように目を見開いた。そこでようやく、遅ればせながらエドワードは気づいた。これは多分女の子だ、ということに。これは困った。女の子なんて、これはあの敬愛すべき准将閣下の得意分野ではないか。
 ええと、と一瞬エドワードは言葉を探したが、…あんまり考えたところで一朝一夕にどうなるものでもない、と気づいて、まあいか、と普段の態度を貫くことを決める。
「とりあえず、冷める前に食え。うまいから」
 言って、な、と示すように自分がまずほっとドックにかじりつく。少し冷め始めていたのが残念だったが、味は十分に美味い。
 どうするかな、とちらとうかがえば、子供がエドワードに向いている方の腕に本を抱え、ホットドッグを恐る恐る口に運ぼうとしていた。どうだろうかとそのままこっそり眺めていたら、ぱくりと齧った後、驚いたように、嬉しいのをこらえきれないように目を見開いて笑った。
「うまいだろ」
 そのタイミングでさらりと隣から聞いてやれば、何度もこくこくと頷いた。何だか面白くて、ついエドワードは笑ってしまった。

 食べ終えたら少し安心したのか、子供はぽつりぽつりとエドワードの質問に答えてくれた。
 名前はルーシー。年は九歳。セントラルの駅の近くに住んでいる。家族は祖父母と犬のマール。兄弟はいない。
 大事に抱えていた本については、大事なものなの、ということしか教えてくれなかったが、エドワードも特に聞き出そうとはしなかった。
「なあ、ルーシー。これからどうする?」
「……」
 ベンチの上、古い本をぎゅっと抱きしめ、ルーシーは俯いた。胡桃色の髪のおさげは少しほつれていて、なんだかかわいそうに思った。それが決め手になった。
「おさげ、なおしてもらおうか」
「…?」
 本当はエドワードにだって、髪の毛を編み直すくらい出来る。何しろ随分と長いこと、自分で編んでいたのだから。だが、相手は小さな女の子である。
 エドワードの脳裏に、しっかり者の鷹の眼の顔が思い浮かんだ。
「髪の毛直して、おやつ食べたら考えようか」
 な、と笑いかけてエドワードは腰を上げた。ルーシーも慌てて立ち上がる。それにふっと微笑んでから、青年は少女に手を差し出した。おずおずとそれに少女が手を重ねれば、エドワードはぎゅっと握り返して、ゆっくり歩き出す。ルーシーからは驚いたような気配が伝わってこないでもなかったけれど、といって、特に嫌そうな様子もなかった。
「ルーシーはついてるぞ。ラッキーだ」
「…どうして?」
 繋いだ手を揺らして冗談めかして告げれば、子供は青い目をぱちぱちと瞬かせて尋ねてきた。それに、エドワードは澄まして答えたものである。
「決まってる。だってオレに会えたんだから」

 司令部に連れて行けば、最初は、何を疑われたのか知らないが「鋼の錬金術師が子供をつれて…!」と一時妙な騒ぎになりかけた。しかし子供にそんなもの、怖がってくれと言っているようなものだ。エドワードが冷たくひとにらみしたら、何某か感じるところがあったのか、騒ぎは一瞬にして静まり、二人は応接室に通された。とにかく司令部の中をうろつかないでくれ、ということだったのだろう。
 エドワードとしてもそこまで人目に止まりたいわけではなかったので、渡りに船と応接室へと進んだ。ルーシーはきょろきょろとあたりを見ていたが、それでも迷子になってしまうようなことはなかった。賢い子供なのだろうとエドワードは思った。



 リザは、小さな女の子の手を引いてやってきたエドワードに二度ほど瞬きをした。その取り合わせが予想外だったことと、エドワードのどことなく照れたような、困ったような顔のせいだ。
「…あのさ、」
 気まずそうに視線を一度ずらした後、けれども彼は、手をつないだ女の子の存在に勇気づけられたものらしく、再び真っ直ぐにリザを見てこう口にした。
「大尉。おさげ、編める?」
 もちろん、と答えて、リザは笑った。

 たぶんある意味最強の女性にルーシーを預けた後、エドワードは報告と相談のために准将閣下の許へ向かった。変なところで情報の早い男のことだ、もう、エドワードがどこぞから女の子を連れてきた、ということは伝わっているかもしれない。
 ノックして、どうぞ、と返された声に一度深呼吸。
 それから、何食わぬ顔でドアを開けたのだけれど、…からかわれるのよりも予想外のことがドアの向こうにはあった。
 来客中だったのだ。
 これはまずい、大体なんで入室を許可するんだ、とエドワードは眉根を寄せたが、ロイは構わず「鋼の」と呼んでくれる。いったいなんだ、と青年がロイの執務机の前で憮然としている男(軍服ではないことから来客と判断した)をちらりと見る。青い眼をしていた。そして知らない顔だ。そもそも、椅子をすすめられていない、もしくは勧められたのかもしれないが座っていないところからして、ただの和やかな来客ではあるまい。
 そこまで考えてエドワードは憮然とした。ロイは気に食わない客の相手にエドワードを巻き込もうとしているのかもしれない。とんでもない話だ。
 しかし、それもまた違ったらしい。
「鋼の。君、ルーシーという女の子を知らないかね」
 エドワードは思わず瞬きしてしまった。それはいくらなんでも情報が早すぎる。まだ、あの子供の名前を知っているのは、この司令部にあの鷹の目くらいのはずなのに。
 青年の動揺を読み取ったのだろう。ロイは軽く目配せをくれた。それで答えは決まった。
「さあ。知らないな」
「そんなはずはない! 君が連れ去ったと聞いているぞ!」
 肩をすくめて軽く言い放ったエドワードに、この暑いのに半袖とはいえきっちりとした服装をした男は食ってかかった。彼の雰囲気は全般的に刺々しい。
 …エドワードはこういう人間が嫌いではなかった。正確にいえば、こういう人間をおちょくるのは結構好きだった。
「失礼、ミスター? 国家錬金術師を捕まえて誘拐犯呼ばわりとは、それなりの根拠があってのことなんでしょうね?」
 エドワードは澄ました顔で冷たく言った。そうすると、もとから整っている容貌や稀な金色の色彩と相まって、近寄りがたい雰囲気を人に与えることを十二分に理解した上で、だ。
 案の定、男は息をのんで小さくうめいた。エドワードの若さを理由に甘く見ていたのだろうことは明白だ。愚かな話である。経験も知識も、年齢と必ずしもつり合いがとれるわけではないのに。
「…部下からの報告だ。娘を迎えにいかせたのだが、金髪に金目の若者に連れ去られた、と」
 へえ、とエドワードは唇をゆがめ、斜めに男を見た。
 金色の目が光り、近寄りがたさはいっそう増した。
「それが本当なら私は誘拐犯だ。で、じゃあ、その女の子はどこにいるんでしょうね?」
作品名:銀の弾丸などはない 作家名:スサ