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銀の弾丸などはない

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 やがて女の子は小さな声でかわいいお願いを口にした。それに、ロイとエドワードは顔を見合わせたあと、こそりと笑った。
「了解。イチゴのケーキだね、お嬢さん」
 ロイは手早く店員に注文をして、ルーシーに微笑んでみせた。


 ロイはホットコーヒー、エドワードはアイスコーヒー、ルーシーは生クリームとイチゴのケーキときれいな色をしたソーダ水を前にして、しばしはゆっくりとお茶を楽しんだ。
「そうか。ルーシーはおじいさんとおばあさんと住んでいるんだね」
 こくり、とルーシーは頷いた。
 彼女は今、ななめに少し大きめの布のバックを下げている。その中にはあの、片時も離そうとしなかった本が入っていた。ルーシーがあまりにも手放さないので、リザが一計を案じたものらしい。なるほどよく考えたものだとエドワードは思った。これならルーシーも両手を使える。
「その本は、大事な本なんだね」
 再びルーシーは頷いて、…それから、フォークを動かす手を止めた。そうして、すがるような眼をしてロイを見上げる。
「おじいちゃんが、絶対に、だれにもあげちゃだめだよって」
「誰にも?」
 こくりと彼女は頷いて、そのあと、声をひそめてこんなことを問いかけてきた。
「あのね、…わらわない?」
「ああ。もちろん」
 ロイが請け負った後、オレも、とエドワードもまた頷いた。それでようやく決心がついたのか、…ルーシーは、布バックごと抱えながら、小さな声で固く口にした。
「悪いまほうが、書いてあるの」
「悪い魔法…?」
 怪訝そうに繰り返したエドワードに、ルーシーは真剣な顔で頷いてみせた。
「だから、渡しちゃいけないの」
「…そうか。えらいんだね」
 向かいからやわらかく声をかけたロイに、ルーシーが目を丸くする。
「…あたし、えらい?」
「ああ。とても立派なことだ。悪い魔法を使わせないために、君はその本を守っている。違うかね?」
 違わない、と彼女はぶんぶん首を振った。ほら、ごらん、そうやさしく言って、ロイは目を細めた。
「なら、君は立派に正義の味方だよ」
「…………」
 エドワードは何とも言えない顔でロイを見た。なんという、口のうまい男だと。だが、それを声にしなかったのは、そういう嘘が必要な場面があることをよくわかっていたからだ。
 ただエドワードは、自分がどん底にまで落ち込んでいた日に、憤りをそのままぶつけてきた彼のことも知っていた。だからどうしても複雑に思ってしまうのだ。
「君の横にいるお兄さんも」
 と、唐突に自分に話が回ってきたので、エドワードは驚いて目を見開いた。それを咎めるでもなく、ロイは続ける。
「正義の味方だからね。きっと君を助けてくれるよ」
 勝手に決めるな、と言いそうになったところで、ロイの目が釘を刺してきた。黙って聞いていなさい、と。だから、エドワードは、そうだぞ、と言うようにルーシーに頷いて見せただけだった。
「…おにいちゃん、さっきも助けてくれたの」
 ルーシーは心からほっとした顔で笑った。子供らしい、素直な笑みだった。
「正義の味方って、本当にいたんだね」

 ケーキの箱とルーシーを伴ってロイが戻る頃には、彼女の素性についての情報はあらかた集められていた。
 ロイはケーキと少女を副官に引渡し、引き換えに何枚かの書類を受け取ると、そのまま執務室へと消えた。
「ルーシーちゃん。エドワードくんは?」
 自分のデスクの脇に持ってきた椅子に少女を座らせながら、リザは彼女に尋ねた。すると青い目が瞬きして、悪戯っぽく笑った。
「あのね、おにいちゃんは、正義の味方だから」
「…?」
「ひみつのお仕事があるんだって」
 くすくすと笑う少女に、恐怖の影はない。そのことにほっとしながら、あら、それは素敵ね、と相槌を打った。
「すてき?」
 その形容詞に首を傾げたルーシーに、リザはウィンクをひとつ。
「ええ。とても素敵なことだわ。ヒーローが本当にいるなんて」

 副官と保護された少女が和やかに過ごしている間、それとは対照的に、困惑したような空気が准将の執務室には満ちていた。
「…ルーシー・クレイマン。父・オリバー・サックス、母・ポーラ・クレイマン。…お父さんは叔父さんだったわけか」
 簡単にまとめられた調書にあったルーシーの素性に、ロイは眉をひそめた。
「だが、…どうしていちいち無理やりに連れて行く必要がある?しかも、生まれてから一度も顔も出していなかったようなのに、な…」
 ルーシーの母親は未婚のまま彼女を生み、そして産後の肥立ちが悪く既にこの世の人ではなくなっていた。父親はルーシーが生まれる前後から頭角を現していき、地方の病院から始めて、今やアメストリスではそれなりに知られた病院経営者となっている。だが、彼がルーシーを引き取ろうとした形跡はなく、叔父にあたるクレイグにしてもルーシーが生まれる前に家を出て、帰った様子はなかった。
 そして、ルーシーを今まで育ててきた彼女の祖父母についてだが。恐らく、祖父は、孫を逃した後で彼女を連れに来た連中とひと悶着あったのだろう。瀕死の重態で今は病院に収容されていた。祖母の方は買い物に出ていて難を逃れたようで、帰宅してから倒れている夫を見つけて慌てて病院へ搬送する手配をとった。孫娘の無事を伝えると、彼女は泣いて喜んだという。
「…クレイマン氏が動かせるようになったら軍病院へ搬送するとして、だ」
 ロイは万年筆を回転させ、考えを整理するように呟いた。
「今は護衛をつけるしかないな。ルーシーも保護するしかないが…さて誰をつけたものか」
 彼はもう一度指の上で万年筆を回転させた。案外うまかった。
「サックスの狙いがわからないことには、どうしようもないか」
 それから、軽く息を吐いてそう結論をつける。
 実際、サックスが何を考えて今さら娘を連れ去りにきたのかわからないことにはどうしようもなかった。
 そして、ひとりの幼女にかかわる誘拐劇からは悪いが自分達は早めに手をひくべきだろうと考える。これが国を揺るがす大事ではないだろうから。最悪、父親と義父母による取り合いということも考えられるわけだから。そうなったら必要なのは憲兵でさえなく、家庭裁判所か何かだろう。厄介なことをあげるとするなら、サックスの影響力が既にいち個人のそれを超えている部分があるということだが、それにしても軍のかかわる問題ではない。
 だが、それにしても今は情報が少なすぎる。その上、拾ってきたのはエドワードだ。たいしたことはないはずだ、という理解と同時に、ややこしい問題に発展するのではないか、という危惧もまた存在していた。彼のトラブルメーカーぶりなら、ロイが一番よく知っているのだから。
「…あんまり街を破壊しないでくれるといいんだが…」
 情報収集の無事でもなんでもなく、街中の建造物の心配をちらりとしながら、ロイは案外真面目な顔でそう呟いた。
 とりあえず、この情報を彼に渡していないことは、多少の安心材料ではある。何か気になることがあるからと言ってエドワードは司令部に寄らずにどこぞへ消えたのだが、…サックスがルーシーの父親だということを知らない以上、サックスについて無茶な調査はしないだろう。
 …しない、と思いたい。
「――信じてるぞ、ヒーロー」
作品名:銀の弾丸などはない 作家名:スサ