それも、一つの可能性。
一方、風丸はというと
(風呂上がったらコーヒー牛乳と普通の牛乳どっち飲もうかな……)
という、とてもどうでもいい事をひたすら考えていた。無表情で。
実のところ、風丸は困っていた。
鬼道と二人っきりになってしまい、当たり障りの無い会話を続けてみたがどうにも発展せず結局途切れてしまう。仕様が無いので隣の人物の事は気にせず温まる事に専念しようとした。だがどうにも無言の空間が居たたまれない。先に出てしまおうかと思ったが、短時間で出てしまうのは気まずさを体現しているようで彼に失礼かと思うし、何より折角銭湯に来たのに少しも浸からないで出てしまうのは勿体無いと思ってしまった。風丸は長湯する方だった。
風丸もなんとはなしに、というよりは無意識に鬼道を盗み見た。とにかくやる事が無いので無意識に隣の人物のフォルムを目にしてしまったのだ。
(濡れてもドレッドってほどけないんだな……)
まず思った事がそれだった。
常日頃からこっそり抱いている疑問でもある。あの髪型の構造はいかがなものか。それが少し払拭された。濡れても解けない。銭湯で洗っても問題は無い。
と、いうまたどうでもいい考えを巡らせながら、風丸はある事に気付いた。
(そういえば、ゴーグルしてないな……)
ゴーグルをしていない素顔のままの鬼道を見るのは初めてではない。着替える時や汗を拭う時など、ごく稀に目撃した事がある。だがそれは大体瞬間的なもので、こうやってしげしげと眺める事も出来ないまま終わってしまうのだった。だからこの状況はかなりレアだと言えるだろう。
思えば、彼はいつも重装備だ。
今は文字通り生まれたままの姿だが(それは風丸もだが)普段の彼は頭にはゴーグル、そして身体はマントで覆われている。以前円堂がどうしてそんなに色々着けているのか、とあえて周りが言わなかったごく素朴な質問を投げかけ周囲を凍りつけさせた事があるが、彼自身は臆面もなく格好つけだと答えた。
だが、本当にそうなのだろうか。ゴーグルやマントで箔をつける事だけが目的なのだろうか。何も身に着けていない裸の彼は酷く小さく見える。その反面、足や腕の筋肉はしっかりしていて豪炎寺や円堂程ではないにしても、成長過程にある少年としてはよく発達した男の身体である事が解る。それを今まで意識した事がなかったのは、彼がそれを隠していたからではないのだろうか。
(どうして、いつまでも見てるんだ……)
風丸が鬼道を観察し考えを巡らせている間、残念ながら鬼道は風丸の視線の集中砲火を感じ取っていた。風丸も最初は盗み見る程度だったが、眺めるうちに遠慮が無くなっていて更にその事に自分では気付いていなかった。風丸は変なところで無防備なところがあるのだった。
鬼道は先ほどよりも居たたまれなさを感じ、突き刺さるような視線を素知らぬフリをしたが風丸は一向に顔を背けなかった。別に見られてまずいわけではないが、見られている理由がよく解らないので意味もなく恥ずかしくなってきた。血の循環が心なしか早くなり、ポンプの役割をする心臓にもっと動けと命令した。そのせいだろうか、意を決して風丸の視線を振り切り湯船から上がろうと足を踏み込もうとした瞬間、急に膝への運動を命令を果たした脳が混乱を起こし鬼道の視界は一気にぼやけた。次に目に入ったのは浴場の天井で、湯がクッションとなって地面への衝突は避けられたが風丸の叫び声を聞いたその時点で記憶が途絶えた。
要は湯あたりを起こした。
作品名:それも、一つの可能性。 作家名:アンクウ