Love yearns(米→→→英から始まる英米)
アメリカは一瞬だけ目を伏せて思考を切り替えた。
思考をニュートラルに。
いつもの自分ならばここで何て言う?
そう、いつものアメリカならば―――――
「俺は会議を潤滑に進めるための提案をしただけだよ。勝手に騒いでいるのは
イギリスだ」
口端に笑みを乗せ言い切る。
「あのねぇ・・・」
「うっせぇ!ばーかばーか!」
額を抑えたフランスが言葉を続けるよりも早く勢いを取り戻したイギリスが
罵声を浴びさせた。
それにぎょっとしたフランスが「止めなって坊ちゃん」と止めにかかる。
イギリスの肩にかかったフランスの手を見た瞬間、アメリカは叫びだしそうになる
自分を自覚した。
今日は特にまずい。
いつもは制御できるはずの感情のタガが緩くなっている。
その衝動を抑え込むためにアメリカは爪痕が残るくらい拳を固めた。
「会議を円滑に進めたいんだったらお前だ・・・ってぇ・・・!?」
「おいアメリカ?」
声をひっくり返したイギリスに眉を顰めるフランス。
何かに驚いたようだが、驚く要素など無い。
(ホラーとか幽霊とかは止めてくれよ)
「なんだいおっさんたち」
「なんだいってお前、その顔・・・」
言い淀んだイギリスを不審に思い頬に触れてみると水らしきものの感触を感じた。
驚いて離した指先をまじまじと見るとしっとりと濡れ、光を反射しきらきら光っている。
―――――もしかして泣いている?
そう自覚した途端にぼたぼたとスコールにも似た量の水が零れ落ちて行った。
ごしごしと拭っても拭っても止まらない涙にアメリカは思わず自嘲する。
思考をうまく切り替えたつもりができていなかったようだ。
(わかってはいたんだけど、イギリスの顔を見ちゃったからだろうな)
自覚した途端に鼻の奥がツンと痛む。
止まるどころか勢いを増して零れおちる涙に目の前のおっさんたち二人は
完全に固まっていて役に立ちそうもない。
アメリカよりも何百年も多く生きていて、女性の扱いを語るならばイタリアと並んで
TOP3に入るであろう国々の化身なのに泣いているアメリカすら
上手く宥めることもできない。
とくにイギリスなんてもう一分以上瞬きすらしていないのではないだろうかという
固まりぶりを披露していた。
「もうすぐ会議始まるだろ。俺は顔を洗ってから行くから先に行っててくれよ」
幸いにも声はさほど震えなかった。
ほぼ何時も通りの声が出せたのではないだろうか。
「アメ」
彫刻のように立ち尽くしていたイギリスが手を伸ばす。
「触らないでくれ。キミの顔、これ以上見たくないんだ」
「―――――っ」
手を振り払って冷やかに告げるとひゅっと息を呑んだ音が聞こえた。
ああ、また馬鹿と言われるかなと内心身構えたが、イギリスは何も言わずに
ばたばたと足音を立てて走り去った。
その後を「おいイギリス」とフランスが追いかけていく。
一人きりになったアメリカはずるずるとだらしなく壁にもたれかかり座り込んだ。
会議が再開するまで五分も無いだろうからここに座り込んでいたとしても
見つかる心配をしなくていい。
そのまま膝を抱え込んでなるべく小さくなれるようにぎゅっと顔を押し付けた。
「・・・・・・イギリス」
小さな頃、英領アメリカだったときにもこうして壁にもたれかかって泣いたことがある。
あのときはたしか一週間前に来ると手紙を寄こしたイギリスが当日になって
来れなくなったと連絡を寄こした時のことであった。
その日はいつも料理を作ってくれるイギリスにお礼がしたくて
フランスと一緒に料理を作って待っていたのだ。
けれど昼過ぎに届いた来れなくなったという手紙を読んだとき―――――覚えている。
綺麗にセットしたテーブルクロスを思い切り引っ張って料理を床にぶちまけ
それから壁にもたれかかってずいぶん長いこと泣いていた。
あの頃からアメリカが泣くのはイギリスに関するときだけだったような気がする。
どんなに痛い怪我をしても、辛いことがあってもアメリカに涙を流させるのは
イギリスだけだ。
(後、少しだけ)
ヒーローらしくない自分を許してほしいと思いながらアメリカは膝に
ぐりぐりと顔を押し付けた。
作品名:Love yearns(米→→→英から始まる英米) 作家名:ぽんたろう