Love yearns(米→→→英から始まる英米)
「ベラルーシが好きとかよりはよっぽど現実味があると思うけど」
「馬鹿。男を好きだなんて言う方が現実味がないだろうが。あいつはノーマルだぞ」
吐き捨てて、イギリスはテーブルに置いてあった水のグラスを煽った。
主の許可は得ていないが、マルゴーを呑んでしまった時点でフランスは
諦めているだろう。
そういえばこれ、フランスも呑んでいた奴か。
げ、間接キスかよと顔を歪めているイギリスを見つめながら今度はフランスが口を開く。
「・・・・・・もしもだけど。もしもアメリカがお前のことを好きだったら
どうするわけ?」
「ぶはっ、げほっげほっ。な、何言って・・・」
「そのノーマルのアメリカはお前のこと、他に好きな人が居ないくらい好きだって言って
口へのキスも許しているんでしょ。だったら」
「ありえない」
激しく咳込んでいたイギリスはそれでも妙にきっぱりとした口調で
フランスの台詞を遮った。
先ほどまで流していた涙と咳込んでいたせいで涙ぐんでいる目尻を
ぐいと乱暴な手つきで拭い、もう一度ありえねえよと否定を重ねる。
まったく考えなかったと言えば嘘になるがあのアメリカがイギリスを
好きになるなどありえない。
そうだ。あってはならない。そうでは困る。
アメリカには光降り注ぐ輝かしい道を歩いてほしい。
「あいつは寂しいんだよ。超大国ともてはやされ、不満を言うことも挫けることも
甘えることもできない。背負わされた責任は果てしないほど大きいのに
その責任から逃げ出すことは許されない」
「だからお前のこと好きだと言って甘えているってか」
「そうだ。そこにクソ髭の言う感情なんてねえよ」
「本当に坊ちゃんはわかっちゃいないねえ」
厭味ったらしくやれやれと言わんばかりに告げられた台詞にイギリスは眦を吊り上げる。
自信ありげに口元に笑みを刻んだフランスは台詞を続けた。
「お前はいつまでも可愛い弟でいてほしいのだろうけど、あの子はもうお前の
思っているような子供じゃないんだよ。人を愛することだってできる」
「なら相手は俺じゃなくても良いだろ」
フランスは余程アメリカがイギリスに惚れているということにしたいらしい。
らしくなく言い募るフランスにはあ、と酒臭い息を吐いてイギリスは緩く首を振った。
「あいつにはまっとうな幸せを掴んでほしいんだ。俺みたいなやつを好きになるなんて
冗談でもアメリカが可哀想だろ」
「じゃあ英領アメリカだったときはどうなるんだ?あのときのアメリカはお前のこと
それこそ世界で一番好きだったと思うけど」
「あいつは独立する直前に気づいたんだよ。俺みたいなやつを好きになっても
幸せになれないって」
―――――本当は兄に穢わらしい欲望を向けられていると感づいて、独立したんだけどな。
フランスには言えない言葉を胸中で呟いてイギリスは自嘲した。
当時のフランスはきづいていたようだったが、今のフランスは忘れているらしい。
好都合だとイギリスは思った。
もしもフランスがそのことを覚えていて、アメリカに告げたならばイギリスは
二度と味わいたくないあの苦しみを永久に味わうことになる。
侮蔑と拒絶を含んだあの瞳でもう一度見据えられたら―――――想像だけでもその苦しみは
たやすくイギリスの胸を切り裂く。
思わず胸を抑えたイギリスにフランスは胡乱気な視線を寄こした。
「どうしたの?かっこいいお兄さんにトキメキすぎて胸が痛くなっちゃった?」
「どうやらお前の目、だいぶ悪くなったみたいだな。そのままにしておくのは
良くないから俺が直々に抉りだしてやるよ」
「ぎゃーやめてっ。何この仕打ち。いきなり殴り込んできた性悪眉毛の話を
文句も言わずに聞いていたお兄さんに対する仕打ちは」
「手前が気持ち悪いことを言うからだ。・・・・・・とにかく、アメリカが
俺に恋愛感情を持つことはぜったいにありえない」
自分に言い聞かせるようにイギリスは宣言をして、グラスに残っている水を
一気に飲み干した。
最早この件に対しては聞く耳を持たないという態度のイギリスにフランスは
眉を微かに顰めこれだけは言っておくと前置きをして告げる。
「お前、ぜったい後悔するよ。死にたい死にたいだけじゃ済まなくなる。
断言しても良い。いっそのこと、ビックベンから紐なしバンジージャンプ
したくなるね」
「お前がエッフェル塔から紐なしバンジーしたら俺もしてやるよ」
ははんと嘲笑うように言ったイギリスに無言で肩を竦めフランスは答えた。
そしてそのまま直前の話が無かったかのように他愛のない話に移行し、次の日が
休日ということもあり無理に帰ろうとせず、ゲストルームに泊まることになり
せめて自分の呑んだグラスぐらいは片づけろと言われたイギリスがグラスを持って
キッチンに入ろうとすると背後から「イギリス」と割合真面目な声で呼びかけられた。
「イギリス、頼むからあんな恐ろしいことアメリカに言うなよ」
「あ?何が恐ろしいんだよ?」
振り返り、片眉を上げて何だよと問い返すイギリスをフランスは真っ直ぐに見返した。
顔はかろうじて笑っているが目は笑っていない。
「ベラルーシとかハンガリーが好きかって聞かれたら、あの子、耐えられないよ」
あの子、はおそらくアメリカのことだろう。
何が耐えられないのか。わけがわからない。
「どういう意味だよ。わけわかんねぇ」
「・・・お前の鈍感フラグクラッシャーぶりにお兄さん脱帽だよ」
もういいです。お兄さん降参します。
両手を上げて参りましたと言わんばかりにフランスは宣言した。
何に参ったのかまったくわからないイギリスが数刻前のフランスと同じように
胡乱気な視線を向けたがフランスは緩く笑って受け流す。
何に参ったか答える気は無いらしい。
まあいいか。特に気にはならなかったのであっさりと諦めてイギリスはキッチンに
入り込み、見事に磨き上げられたシンクでグラスを軽く洗い、クロスで拭き
元の場所にグラスを戻した。
結局フランスからアメリカの想い人を聞き出せなかったものの、軽い言いあいを
したせいか、気分は幾分和らいでいる。
「そうだ。寝る前にアメリカにメールを送っておくか」
もちろん送るのは携帯ではなくパソコンだ。
向こうはまだ昼過ぎだろうが、仕事に追われているのだったら携帯に
私用のメールを送るのは憚れる。
何を送ろうか考え、口元を緩めたイギリスは先ほどの言い合いを忘れたかのように
幸せそうだ。
だが逆に忘れたように振る舞うことでフランスの言葉から逃げているようでもあった。
『・・・・・・もしもだけど。もしもアメリカがお前のことを好きだったら
どうするわけ?』
フランスの言葉が齎した微かな胸のざわめき。
そのざわめきを忘れようとするかのようにイギリスはアメリカに送るメールの内容を
考えることに没頭する。
そのイギリスの姿をフランスが視界に納めて、ひどく真剣な表情で吐息をついたことに
イギリスが気づくことは無かった。
作品名:Love yearns(米→→→英から始まる英米) 作家名:ぽんたろう