Love yearns(米→→→英から始まる英米)
Love yearns act11 USA side
「っ、はぁはぁはぁ・・・・・・」
どれほど走ったのだろう。
イギリスを置き去りにしたアメリカは周りに目もくれず、ただひたすら走り続けた。
体力自慢のアメリカでも息が切れ、汗が滴り落ちるほど長い距離を
何も考えずに走ってきた。
そうして逃げ出しても何も変わらない。
むしろ状況が悪化するだけだとわかっていた。
それでも逃げ出さずにはいられなかった。
ぜいぜいとみっともなく上がる息を抑え込む。
それでも収まりきらない胸を抑えて落ち着けながらぐるりとアメリカは周りを見渡した。
今回の会議開催国であるドイツには仕事以外ではほとんど訪れたことがない。
そしてタイミングの悪いことに今回はいつも訪れているベルリンや
フランクフルトではなく、数えるほどしか訪れたことのないミュンヘンで
会議は行われた。
少し会議場から離れてしまえば、そこは全く知らない異国の地だ。
真冬だというのに汗だくになっているアメリカを見つめる好奇の目から逃れるように
木陰に逃れ、高いスーツが汚れるのにも厭わず、ぺたりと崩れ落ちるように
木の根元に座り込んだ。
「さい・・・っていだ・・・!」
気を抜いてしまえば大声で泣き出してしまいそうだった。
ああ違う。声をあげていないだけで泣いてしまってはいる。
ヒーローは本当に泣いていい時以外は涙を流してはいけないものなのに。
ヒーロー失格で調子に乗っていた自分を殴ってやりたいとすらアメリカは思っていた。
キスを許されて、好かれているのだと勘違いしてしまった。
彼はあくまであの子を愛していたというのに。
わかっていたのに信じてしまった。思い込んでしまった。
イギリスがあの子ではなく、自分を見てくれているのだと。
胸がズキズキと痛む。
シャツの上から握りこむように掴んでも痛みは薄れることはなく、存在感を訴え続けた。
そういえば、心は心臓にあるんじゃなくて、脳の中にあるんだとどこかの学者が
言っていたような気がする。
だけど今は確かに胸に存在する心が痛い。
(俺はただイギリスが好きなだけなのに)
ただただ、彼のことが好きだった。
彼のことを思うと胸がほんわりと暖かくなって幸せだった。
普段は照れ隠しで素直ではない言葉ばかりを言ってしまうけれど
本当はイギリスのことが大好きで、昔のように笑いあいたいと願っていた。
そしてその機会をアメリカは手に入れたはずだった。
アメリカの大好きな彼がただ一人、この世界で愛する英領アメリカに全てを戻す。
そうして、アメリカは手に入れた。
柔らかな微笑を。暖かく包み込んでくれる抱擁を。そして「好き」という言葉を。
(―――――それと、)
思いだすだけでかあっと身体が熱くなる。
少しかさついた薄い口唇。
驚くくらい滑らかに動く舌。
アメリカの頬を包んだ節だった指。
アメリカだけを新緑の瞳に映し出して施してくれた世界一だと言われるキス。
それほどまでにイギリスに愛されたというのに、もっとと手を伸ばしてしまった。
そしてその結果、全てを失った。
『お前が、俺のことを好きだなんて、ありえねえよ。そういうのは、冗談でも言うな』
イギリスの声は震えていた。
あれはたぶん、怒りを押し殺そうとしたからだと思う。
冗談じゃない。おぞましい、あの子を汚すな。
そんな思いをイギリスは抱いたのだろう。
イギリスが抱いたとしても仕方のないことだった。
アメリカの気持ちは綺麗な愛情ではなく、欲を孕んだ愛情だ。
彼の愛しているあの子には絶対にあってはならない感情。
それをアメリカは隠そうと無くそうとした。・・・結局は無駄になったのだけれども。
「俺、どうしたらいいんだろ」
あれだけイギリスを傷つけたのだから元の関係になど戻れない。
伸ばしていた膝を抱え込んでアメリカは膝頭に顔を埋めた。
今頃イギリスはどうしているのだろうか?
最後に目にすることのできたイギリスの表情は異質の生物を見たようなものだった。
それもそのはずだ。
あのとき、彼の目前に居たのはイギリスの愛するあの子ではなく
英領アメリカの皮が剥がれかけたアメリカ合衆国だったのだから。
だからイギリスのあの表情は間違っていない。
むしろ侮蔑の視線を向けられなかったことに感謝しなければいけないだろう。
(それでも俺は・・・・・・見たくなかった)
思いを否定されるような顔を見たくなかった。
我儘だとわかっている。理解もしている。
アメリカはアメリカ合衆国であって、いくら取り繕うとも「あの子」にはなれない。
そんな紛い物が彼に愛されるわけがない。
だからこそ、想いを否定されることだけは避けたかった。
叶うことはないと知っているからこそ、大事に大事にしてきたのだ。
多くのものを失い、得て、それでも変わらない、変えれないもの。
変わり続けてきたアメリカが唯一変えられなかった感情。
それは二百年以上抱いているイギリスへの恋心。
(だけど、もう、潮時なのかもしれないな)
その恋心を守るためにイギリスを傷つけ、カナダや日本、フランスも巻き込んだ。
彼らだけではない。秘書官やボス、周りの多くの人を巻き込んで
アメリカはこの恋心を守ろうとした。
心配も迷惑もかけていることもわかっている。
今だって、昼休みが終わったというのに戻ってこないアメリカの探索に多くの人が
駆り出されていることだろう。
その人たちだって、アメリカがイギリスを好きでなければ本来の仕事を
続けていられただろう。
そう、アメリカがイギリスを愛していなければ。
独立した直後はほんの少しだけ疎ましくなった愛も今となってはアメリカを形作る
大切な感情の一つだった。
そんな感情を失うことが怖い。諦めるのは嫌だ。まだ、好きでいたい。
けれどそれら全てはアメリカの我儘だ。
空気を読まないで我儘に振る舞っているけれど、誰かを傷つけたいわけではない。
むしろヒーローなのだから皆を守るのが義務だ。
だからもう決断しないといけない。
(俺は、イギリスを・・・・・・)
諦めると決意しかけたアメリカは慣れた気配が近付いてくることに気付いて
膝に埋めていた顔を持ち上げた。
うっすらと見える姿は自分の兄弟によく似ている。
カナダ、と呟くとその声が聞こえたのかきょろきょろと辺りを見回していた
カナダがこちらを向いた。
作品名:Love yearns(米→→→英から始まる英米) 作家名:ぽんたろう