Love yearns(米→→→英から始まる英米)
翌日、予定の時刻よりも早く起きたイギリスはゆっくりと朝食を取りながら
本日のスケジュールに思いを馳せていた。
今日はまず一度オフィスに赴いて、昨日の会議の補足報告を行い
午後からはパリに赴き、フランスとの合同会議の打ち合わせを行わなければならない。
午前中の補足報告はまだしも、午後のフランスとの打ち合わせは気が重い。
できれば今日は、今日でなくともフランスとは顔を合わせたくなどないのだが
今回の打ち合わせはボス直々の厳命であるため、どんなに気が向かなくとも
赴かなければならない。
気分は上向かないままだったが、仕事は仕事だ。
紅茶を一気に飲み干して意識を切り替えるとイギリスは仕事の準備を始めた。
□ ■ □ ■
「祖国」
イギリスが執務室に着くとすぐに第一秘書であるジェームズ・アンダーソンが
駆け寄ってきた。
祖父に似ず、とても真面目な性格のジェームズは整った顔を引き攣らせて
イギリスに対峙する。
ともすれば顔だけは祖父譲りの優男と揶揄されそうな面持ちだが、真面目な表情を
浮かべればそこそこに迫力が出る。
もっとも、その迫力が『国』であるイギリスに通じたことは無いのだが。
「昨日の会議で合衆国殿と途中退席されたそうですね」
「ああ。ちょっと用事があってな。悪かったよ」
「祖国・・・!」
眉を吊り上げたジェームズにひらひらと手を振って、脱いだコートをハンガーに掛ける。
取りあう様子のないイギリスにもめげることなくジェームズは再び声をかけた。
「祖国殿」
「・・・・・・」
「・・・・・・アーサーさん」
「何だ?」
ようやく返事を返したイギリスの前でジェームズは頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。
そのジェームズを眺めて「だから何だよ」とイギリスは繰り返す。
ジェームズの言いたいことはだいたいはわかっているが、今回ばかりはその諌言も
素直に受け入れることはできそうにない。
「我らが祖国は仕事や責務に忠実だと思っていたのですが」
「忠実だよ。フランスを見てみろ。あの野郎の下で働く奴が可哀そうになるぜ」
「アーサーさん」
強く名を呼ばれて、イギリスは視線をしっかりとジェームズに合わせた。
薄いパウダーブルーの瞳は彼を彷彿とさせる。
だが髪は濃厚なダークブラウンで常に顰め面をしているため
それほどアメリカに近い印象はない。
視線を先に逸らしたのはジェームズで、斜め下、右足のつま先辺りを
見つめながら口を開いた。
「・・・・・・合衆国側から非公式にではありますが、我らの国をあまり傷つけないで
いただきたいと要請がありました」
「―――――っ、合衆国がか?」
「ええ。アルフレッドさんの意志ではないとキャサリンさんはおっしゃっていましたが」
ジェームズの言葉に少なからず衝撃を受け、イギリスは片手で顔を覆って息をつく。
―――――三カ月ほど前からアメリカが酷く体調を崩していることを把握してはいた。
その原因がイギリスにあることも知っていた。
だがその頃は、アメリカを再び遠ざけていた時期でアメリカが苦しんでいることを
知っていてもイギリスは何もしなかった。
そしてそのうちにアメリカはイギリスの理想である―――――実際はそうではなかったのだが
ともかくそう思い込んでいたアメリカは植民地時代のアメリカへと変貌を遂げた。
部下や上司の前でどう振る舞っていたか知り得ないが、あの頃のアメリカは
演じていたとしても勘の鋭い彼らや彼女を完璧に欺くことは不可能だろう。
一連の出来事を知っていたのならば、アメリカをこれ以上傷つけるなという警告は
まったくもって正しい。
アメリカの第一秘書官であるキャサリン経由で警告が来たのは
せめてもの配慮なのだろう。
「・・・・・・傷つけるな、か」
小さく口の中で呟いて、イギリスは疲れたような微笑を零す。
のろのろと顔を覆っていた手を下し、力なく執務机に腰かけた。
脳裏に蘇るのはくしゃりと顔を歪めて泣く愛しいあの子の顔。
その顔を彩るはずの太陽のような眩い笑顔をもう何か月も見ていない。
最後に見たのはいつだったか。
記憶を掘り起こさなければならないほど昔のことであることに自嘲する。
彼の笑顔を奪ったのは間違いなくイギリスだ。
そのことを言い訳することなどできない。
考えれば考えるほど沈んでいきそうな想いを引き上げるようにイギリスは顔を上げた。
生真面目な秘書官の瞳と視線がぶつかり目を細める。
彼の瞳はアメリカの瞳の色と同じブルーだ。
ただし、色はジェームズの方が淡い。
アメリカはもっと深い青だ。
それでいて、透き通っていて美しい。
彼の瞳は壮大な空だ。手を伸ばして届かない悠久の蒼。
けれど今は届かないとは思わない。
手が届かないならば、高い建物を建てればいいのだ。
もっと簡単な手段を取るなら飛行機を。それに今はロケットだってある。
決して、届かないものではない。
クッ、と口端を持ち上げて挑戦的な笑みを浮かべたイギリスは口を開く。
「伝えておけ。あいつは泣いても可愛いんだぜって」
「喧嘩を売るつもりですか祖国」
「だからお前、祖国って呼ぶなよ。アーサーでいいだろ」
「祖国を名で呼ぶなど恐れ多いという私の気持ちを汲み取ってくれませんか?」
ため息と共に呟かれた台詞にああん?とイギリスは眉を吊り上げた。
元ヤン仕立てのその表情には妙な凄味があったが慣れているジェームズは
疲れましたと思い切り表情に出して肩を落とす。
「何言ってんだよ。お前の爺さんなんて公式の場でも名前で呼んでいたぜ」
「・・・あの人は別です。孫の私でも理解はできません」
「あーお前とタイプ違うからな。お前はクラウツみたいなクソ真面目タイプだ」
「それくらいでないと貴方の秘書は務まりませんよ。それよりもアーサーさん。
下敷きになっている書類に皺が寄っています」
「おわっ、お前、そういうことはもっと早く言えよ!」
ジェームズの指摘に慌てて机から飛び退くと決裁前の書類が何枚か
尻の下敷きになって皺が寄っていた。
幸い、それほど重要な書類ではないのでどうにでもごまかせる。
指で綺麗に皺を伸ばした後、決裁前の書類を入れているボックスに投げ込んだ。
作品名:Love yearns(米→→→英から始まる英米) 作家名:ぽんたろう