Love yearns(米→→→英から始まる英米)
話を聞いているうちに意識がはっきりしてきたイギリスはゆっくりと身を起した。
その動きを支えるようにすかさず背中に回る手に苦笑を洩らす。
「おいおい。まるで重症患者みたいじゃねえか」
「何を言っているんですか。貴方は」
呆れすら含んだジェームズは片手は祖国の背を支えたまま、もう片方の手で
額を抑え、ため息をついた。
実直で堅物な青年であるジェームズであるが時として上司である
イギリスの態度、素行に耐えかねて祖父であるハワードのような態度を採ることがある。
本人は気付いていないようだがハワードをよく知っているイギリスにとっては
少々懐かしい感傷を擽られる時があり、今がまさにそうであった。
もっともジェームズは祖父に似ていると言われるのを嫌がるため
この感傷を口にしたことはない。
「―――――心配、致しました」
「ジェームズ・・・」
「キャサリンさんから連絡を頂いたとき、比喩ではなく、心臓が止まりそうでした。
俺だけではありません。ボスも陛下も同僚も・・・英国国民の全てが
貴方の無事を祈ったのです」
片手で顔を覆い尽くしたまま吐露された台詞にイギリスの胸はずきんと痛んだ。
心配をかけたくなどなかった。
公務でも心配をかけてはならないのにましてや私事でなど。
あってはならないことだ。
イギリスはなかなか持ち上がらない手を何とか持ち上げて、そっとジェームズの腕に触れる。
確かに触れているのにいまいち触れているような感覚が無いのはまだ身体の調子が
戻りきっていないせいだろう。
イギリスに触れられて気付いたジェームズが視線を向ける。
綺麗な澄みきったブルー。
けれどあの蒼には足りない。
無意識の間にアメリカとの共通点を探してしまう己を最低だと心の中で罵りつつも
諦めている部分があることも否めなかった。
どうしたって求めてしまう。
愛している、という言葉だけでは足りない。
遠ざけて、もう触れないようにとしようとしても出来なかった。
アメリカよりも大切なものがイギリスにはある。
例えば、今この手で触れている英国民であったり、幼少の頃から傍に居てくれた
妖精であったり。
それはどんなに時を経ても、逆に遡っても変わらないことで
イギリスがイギリスである限り変わらない。
その変わらないはずのものがアメリカに関わるといとも簡単に崩されてしまう。
それはアメリカがかつての愛し子だったからなのか、現在進行形で愛しているからかなのかは
当事者であるイギリス自身にもわからない。
ただわかるのは「アメリカ」が関わると千年以上続いていた常識が覆されてしまうこと。
それだけだ。
ふ、と息をついて気分を切り替えイギリスは口を開いた。
「すまなかったな。ジェームズ」
「そのお言葉は我らが上司と陛下にお願いします。私は貴方の無事なお姿を
拝見できただけで十分ですので」
「・・・・・・怒っているのか」
「それなりには。ですが、祖国が無事だった。それだけで私は構いません」
きっぱりと言い切ったジェームズはそれから珍しくはにかむように照れくさそうに微笑み
ドクターを呼んできますと告げて病室を出て行った。
がらん、とした病室に一人取り残されたイギリスは改めて辺りを一望する。
時計はないが、レースのカーテン越しに降り注ぐ日の光はまだ白い。
おそらくは昼も迎えていない朝方だろう。
内装はアメリカにしてはごくシンプルだがソファーもテーブルもそれなりの
いやかなりの値段を誇るものだ。
眼に映る景色はイギリスの記憶に齟齬が無ければ、何度か利用したことがある
ニューヨークの『国』御用達の特別室の内装とほぼ同じものだ。
イギリスが倒れたところからは少し遠いが『国』であることが判明した時点で
ここに運ばれたのだろう。
どこの国にも『国』御用達の病院はいくつもあるが、その中でもこの病院は
最高峰の医療を誇っている。
おまけにナースも美人揃いだ。
特にヨーロッパ担当の緩いウェーブがかかった少しばかり性格がきつい子が良い。
フランスはもう少し優しい子が良いと言うがそれは単にフランスがわかっていないだけだ。
そもそもナースというのは・・・・・・
「って、違うだろ、俺・・・・・・」
思わず声に出して呟き、妄想を振り払うように首を左右に軽く振った。
たったそれだけの仕草でも身体は軋み、関節や筋肉だけではなく骨まで軋む。
たかが一週間寝ていただけのことなのだが、今回はやけに体に負担がかかっている。
息を深く吸うと消毒液のような所謂病院の匂い、とでも云うべきだろうか
それなりに馴染みのある湿っぽい臭いが鼻をついた。
ここ数年はお世話になっていなかったのだが、まさかこのようなことで
お世話になるとは考えもしなかった。
しかもアメリカの病院にだ。
入院する原因となった出来事を思い返そうとするとずきりと胃の淵が痛んだ。
思わず服の上から痛んだ部分を抑えて俯く。
落ちて行きそうになるその意識をすぐに引き戻したのはトントンと
小気味よく扉を叩く音だった。
作品名:Love yearns(米→→→英から始まる英米) 作家名:ぽんたろう



