Love yearns(米→→→英から始まる英米)
「今は怒っていないよ。会議は無事に終わったしね」
「そうですか。では何故イギリスさんからの電話に出られなかったのですか?」
「寝ていたんだよ。ここに来るまで徹夜が続いていたから」
「携帯の電源を切って、電話線を抜いてですか?」
畳みかけるように言い返す日本は引く姿勢を見せない。
この件にこれ以上触れてほしくないアメリカの心情を知ってなお引くことはない。
その態度に苛立ちよりも戸惑いが募った。
日本がここまで踏み入って、何を知りたいのか予想もつかない。
「電話に起こされたくなかったからね。急ぎの用件は無かったから一晩ぐらいは
いいかと思ったんだよ」
「イギリスさんは泣いていらっしゃいましたよ」
ああ、やはり彼は泣いたのか。
ずきんと心臓が痛む。
その痛みをおくびにも出さずアメリカは笑みを浮かべる。
「・・・彼が泣くなんていつものことじゃないか」
「イギリスさんは貴方のこと以外でめったに涙を流しません」
一言一句はっきりとごまかすことなく告げた日本は真っ直ぐアメリカと視線を合わせた。
いくら遠まわしに話題を濁らせても日本はごまかされない。
は、と短く息をついたアメリカは覚悟を決めた。
そもそも曖昧な態度など自分には無理だったのだ。
「キミには関係のないことなんじゃないかい?キミの言う通りなら
これは俺とイギリスの問題だ」
出来るだけ威圧的な物言いになるようにアメリカは言葉を選んで口を開いた。
このような物言いはあまり好きではないし、できるならばあまり使いたくはない。
けれどそれを選ばなければならない状況となったら躊躇いは捨てる。
それが今この状況であることを残念に思いながらもアメリカは言葉を続けた。
「余計なおせっかいは止めてくれ。・・・不愉快だ」
さすがに最後の言葉は言い淀みそうになり、まるで付け足しのように言ってしまった。
アメリカは若造と揶揄されることが多いがアメリカとて人の何倍も生きている。
言いたくないことを言うことにも感情を隠すことにも老大国に及ばないものの
それなりに術を身に着けてはいる。
けれど、今回ほど意に添わない言葉を発したのはあの時以来ではないか。
日本の言葉は確かにおせっかいだと思う時が無いわけではないが
発言の多くが深い思いやりに基づいて発していることをアメリカは理解している。
だがアメリカの発言を受けても日本は表情を崩さなかった。
「不愉快に思われたことには謝罪します。ですがアメリカさん」
言葉を切り、いかなるときも穏やかな黒い瞳がひたりとアメリカを見据える。
「ほんの少しでいいんです。イギリスさんに素直に接してあげて下さい」
「ッ、キミは―――――ッ!!」
何にも知らないくせに!!
そう声を荒げそうになって寸前のところで何とか言葉を呑みこんだ。
それでも抑えきれない憤りがぐるぐると腹の中で暴れ回る。
歯を食いしばって、拳を固めなければ制御できないほどの怒りがアメリカを襲った。
怒りのままに眼差しを向けても日本は怯まない。
至って通常運転のまま口を開く。
「―――――私は何も知りません」
「・・・・・・」
「アメリカさんが何に苦しんでいらっしゃるのか。何故想いを御隠しになるのか」
「隠してなんかいないよ。そもそも俺は想ってなんて」
「何十年貴方に振り回されていると思っているのですか。爺を舐めてはいけませんよ」
舐めてなんかいない。
舐めていないから日本には迂闊な言葉を言えない。
なんといっても彼は伝説の読める空気を知っている人でアメリカはもちろん
イギリスよりも長く生きている。
イギリスにはわからなくても、日本ならばわかってしまうこともある。
現に今、日本はアメリカの想いを見抜いていてその答えをはっきりと聞くために
誘導尋問をしているような気がする。
キミ、CIAに就職できるじゃないかと軽口を叩こうと思ったが、そんな言葉を日本は
望んでいないような気がして口にはできなかった。
代わりにせめてもの報復の言葉を口にする。
「日本はずいぶん意地悪になったよね」
「こうでもしないと本当のことを話しては下さらないでしょう?先ほども言いましたが
私もアメリカさんのことを心配しているんです」
「それは・・・ありがとう」
素直に礼を言ったアメリカに日本はほんの少しだけ目を見張りそれから微笑を零した。
「アメリカさんにお礼を言われたのは初めてのような気がします」
「そんなことないよ!ひどいな日本は」
くすくすと笑いを零す日本に対してアメリカは大きく膨れた。
イギリスもアメリカのことを子ども扱いするが日本は時折それを
裏回っているような気がする。
そこまで考えてアメリカは己の気持ちがずいぶん楽になっていることに気付いた。
イギリスのことを考えるだけで胸が苦しくはなるが、胸を塞ぐ閉塞感は無い。
何時も通りの抑え込める範囲内の苦しさまで気持ちが収まっていた。
(日本には敵わないな)
膝の上で緩く手を組んだアメリカは息をついて口を開いた。
「俺はね日本」
落ち着いた低い声が朗々と部屋に響く。
「これ以上を望んでいないよ」
誰と、何を、かは言わない。
言わなくとも推察できるだろう。日本は。
「俺の気持ちがキミの考えている通りだとしても、いいんだ。俺は彼の同盟国。元弟。
生意気な超大国アメリカ合衆国なのさ」
「・・・・・・それで、よろしいのですか?」
「もちろん。俺は彼を愛しているから」
言うつもりのなかった気持ちまで言い切ってアメリカは笑った。
いつもの口を開けて大きな声を出して笑う笑い方ではなく、口端を緩く持ち上げて
慈しむような笑い。
空気を読まない、自由奔放なアメリカしか知らない日本が胸を突かれるほど
静かにアメリカは笑った。
「わかりました。このことは誰にも、イギリスさんにも言いません」
「そうしてくれると助かるよ」
元弟に恋愛的な意味で愛されていると知ったらあの人倒れちゃうからね。
自虐的な言い方をしたアメリカは蓋を閉めたポトフの容器を日本に手渡す。
「・・・・・・サンドイッチとポトフ美味しかったよ」
「それは本人に直接言って下さい」
長々とおじゃましました。
そう言いぺこりと頭を下げるいつもの日本の挨拶をして日本は部屋を出て行った。
作品名:Love yearns(米→→→英から始まる英米) 作家名:ぽんたろう