その言の葉は、誰が為に…
イタリアは、碌にドイツ語を話せない。
散々教えた結果『ja』だけは覚えたが、それ以外は皆無に等しい。
話さないでいられれば良いのだが、立場上そうもいかない。
仕方が無いので俺がイタリア語を使って会話を成立させている。
イタリア語の響きは苦手だ。
原因は何かと問われると言葉に窮するのだが…生理的に合わないのだろう。頭痛がしてくるのだ。
「ねぇドイツー」
ふやけた声が無機質な部屋に響く
「なんでそんなに難しい顔してんの?」
視線を落とした先には先程の声以上にふやけたイタリアの顔があった。
「なんでもない 静かにしていろ」
本当なら「Shut up! Wenn Sie oben bleiben!(うるさい!黙っていろ!)」と怒鳴りたいところだが…
出来る限り冷静にイタリア語でそう告げた。
わかったー と言い、また寝転がる奴を見て、さらに頭痛が増した。
この訳の解からない生き物の監視を一体いつまで続ければ良いのだろうか
この任務は戦場の最前線に居る事よりも過酷だ。
暇で暇で仕方がない。一刻も早くここから解放されたい。そう願った。
「…お前、逃げ出す気はないのか?普通は死に物狂いで逃げ出そうとするものだぞ」
「なんで?だってここ ご飯出るし戦わなくっていいし 俺ここ好きだ~」
Amore(好き) こいつはしょっちゅうこの言葉を口にする。
捕虜が敵前で簡単に口にする言葉ではないだろうに
一体こいつはなんなんだ!
「駄目だ! 兵ならば たとえ槍や火やフランス人が飛び交う中でも 逃げ出そうと懸命の努力をする!それが兵というものだ!」
しかし、イタリアは、俺の言葉もどこ吹く風で涎を垂らして寝入ろうとしている。
「おい!聞いてるのか!寝るな!お前を見張る身にもなれ!暇すぎるんだ!」
限界だ。この世で、理解不能なものほど おぞましいものは ない
俺の目の前から たった今 居なくなれ!
…とはいえ、こいつは捕虜、みすみす逃がす訳にもいかない。
あぁもう!
ん?
『逃がす』だと? この、のろまなヘタレを俺が取り逃がす事など有り得んだろう
ふと 俺はある事を思いついた。
この鬱陶しい状況を根本的に解決する方法ではないが、暇つぶしくらいにはなるだろう。
部屋のドアを開け、理解不能生物にもう一度声をかけた。
「ほら見てみろ 牢屋のドアが開いてるぞ!逃げ出さないのか?」
秋風が部屋に入ってきた。
半ば眠っていたイタリアは、自分の土地のそれとは違う冷たい空気に驚いたのか
ようやく起き上がってこちらを見た。
「ヴェ?外に出てもいいの?」
「あぁ良いぞ。何処へでも好きな所へ行ってしまえ」
そうだ。
行きたい場所に向かって全速力で走ればいい。
しかし、逃げ切る事は出来んぞ。俺がすぐに捕まえてやる。
これはゲームだ。喩えて言うならば、兎狩り。
長期間の監視で鈍っている身体を思い切り動かせる予感に俺は口端で笑った。
イタリアはそれを好意的なものと捉えたのか、
ありがとー とふやけた笑顔で応え、
のそのそとドアに向かって来て
そして、のそのそとドアの外へ出た。
走らんか!走らんと追い掛けられんだろうがっ!
お前が走り出したら狩りのスタートだ。早く走って逃げろ!
ドアから一歩踏み出したところでぼんやりと立っているイタリアの背中をイライラと眺めながら
俺はゲーム開始の瞬間を待った。
しばらくそのままぼんやりと立っていたイタリアだったが
「あっ!」
ようやく何か思いついたらしく一目散に駈け出した。
よし!ゲーム開始だ。
俺は標的を捉えるべく走り出…そうとして、前のめりに倒れかけた。
ドアから、ほんの10メートル行くか行かないかの地点でイタリアが立ち止まってしまったからだ。
「なんなんだあいつは!?」
理解不能生物に目をやり、そして、瞬時に止まった理由を把握した。
女だ。
ヤツは通りを行く若い娘さん達を発見し、全速力で駆け出し、近付いて、
軽薄なイタリア語で彼女達に話し掛ける。
この目的の為に立ち止まったのだ!
「なんてヤツだ…」
ここは敵地だという事など全く考える風もなく、
娘さん達と談笑するあいつの緊張感の無さは一体なんなんだ。
俺は、思いついたゲームが永久に始まらないと予感して
心身から力が抜けていく感覚に襲われた。
次の瞬間、
さらに俺の脱力感は増した。
イタリアが、なんの躊躇いも無く、こちらに向かって歩いて来たのだ。
「…何故戻って来たんだ?」
「ヴェ?だって俺ここ好きだし、それに」
Achoo…!
気の抜けるようなクシャミに続けてヤツは言った。
「外、寒いんだもん~」
床に寝転がり、鼻をズピズピ鳴らすイタリアを眺めて、脱力感に加え眩暈まで襲ってきた。
この程度の寒さで風邪をひいただと!?
監視の上に看病など冗談じゃないぞ!俺はこいつの保護者ではないのだからな!
こじらされたら敵わん。風邪には早期の静養が一番だ。
俺は『付きっきりの看病』という最悪の事態を避けるべく、イタリアに毛布を投げた。
「それでも被って寝ていろ!」
毛布に包まり、あったかーいと気の抜けた言葉を発してから、
ヤツは急に改まりこちらを向いて座った。
「なんだ?」
「毛布ありがとう~ ドイツって優しいんだね」
「なんだと…?」
締まりの無い笑顔とその言葉に俺の頭は一瞬混乱した。
俺が優しい…だと? 俺は、これ以上無駄な仕事を増やさない為に
俺の為に、行動しただけだ。
「勘違いするな。お前に情をかけて毛布を支給した訳ではない。
風邪をこじらされると面倒だから与えたまでだ」
「そっか~…」
イタリアは情けなく眉を下げ呟いたが、次の瞬間にはまた笑顔になり、こう言った。
「でも、やっぱりお前優しいよ!ちゃんと捕虜の俺にご飯くれるし、
さっきだって外で自由に遊ばせてくれたしさ!」
「!?」
捕虜に食事を与えるのは国際法で決まっている事、俺はそれを遵守しているまでだ。
先程の事は…暇つぶしの為にやっただけだ。それを…なんなんだコイツは!?
言葉に窮している俺にイタリアは近付いて来た。
「うん。お前、怖い顔してるけど優しいヤツだよ。Ich mag dich!」
…コイツ、今なんて言った?
至近距離で覗き込んでくる満面の笑みと
聞き慣れない言葉に
俺はまた混乱した。
混乱…?
…常に冷静沈着を美徳としている俺が、
こんなヘタレの言動に振り回され、思考を乱されているだと?
「くだらん事をほざくなっ!!!」
言い捨てて、乱暴にドアを閉め外に出た。
俺は、何故こんなに動揺しているんだ。
そうだ、あいつはドイツ語を話せないんじゃなかったのか?
話せないはずのあいつが、突然ドイツ語を話した。
だから混乱し、動揺したのか… いや、原因はもうひとつ ある。
『Ich mag dich!』
母国語なのだから当然意味は解かるが…
俺はあの言葉に馴染みが無い。
何故、俺に対してあいつはあんな事を言ったんだ… 何故、敵の俺に…
散々教えた結果『ja』だけは覚えたが、それ以外は皆無に等しい。
話さないでいられれば良いのだが、立場上そうもいかない。
仕方が無いので俺がイタリア語を使って会話を成立させている。
イタリア語の響きは苦手だ。
原因は何かと問われると言葉に窮するのだが…生理的に合わないのだろう。頭痛がしてくるのだ。
「ねぇドイツー」
ふやけた声が無機質な部屋に響く
「なんでそんなに難しい顔してんの?」
視線を落とした先には先程の声以上にふやけたイタリアの顔があった。
「なんでもない 静かにしていろ」
本当なら「Shut up! Wenn Sie oben bleiben!(うるさい!黙っていろ!)」と怒鳴りたいところだが…
出来る限り冷静にイタリア語でそう告げた。
わかったー と言い、また寝転がる奴を見て、さらに頭痛が増した。
この訳の解からない生き物の監視を一体いつまで続ければ良いのだろうか
この任務は戦場の最前線に居る事よりも過酷だ。
暇で暇で仕方がない。一刻も早くここから解放されたい。そう願った。
「…お前、逃げ出す気はないのか?普通は死に物狂いで逃げ出そうとするものだぞ」
「なんで?だってここ ご飯出るし戦わなくっていいし 俺ここ好きだ~」
Amore(好き) こいつはしょっちゅうこの言葉を口にする。
捕虜が敵前で簡単に口にする言葉ではないだろうに
一体こいつはなんなんだ!
「駄目だ! 兵ならば たとえ槍や火やフランス人が飛び交う中でも 逃げ出そうと懸命の努力をする!それが兵というものだ!」
しかし、イタリアは、俺の言葉もどこ吹く風で涎を垂らして寝入ろうとしている。
「おい!聞いてるのか!寝るな!お前を見張る身にもなれ!暇すぎるんだ!」
限界だ。この世で、理解不能なものほど おぞましいものは ない
俺の目の前から たった今 居なくなれ!
…とはいえ、こいつは捕虜、みすみす逃がす訳にもいかない。
あぁもう!
ん?
『逃がす』だと? この、のろまなヘタレを俺が取り逃がす事など有り得んだろう
ふと 俺はある事を思いついた。
この鬱陶しい状況を根本的に解決する方法ではないが、暇つぶしくらいにはなるだろう。
部屋のドアを開け、理解不能生物にもう一度声をかけた。
「ほら見てみろ 牢屋のドアが開いてるぞ!逃げ出さないのか?」
秋風が部屋に入ってきた。
半ば眠っていたイタリアは、自分の土地のそれとは違う冷たい空気に驚いたのか
ようやく起き上がってこちらを見た。
「ヴェ?外に出てもいいの?」
「あぁ良いぞ。何処へでも好きな所へ行ってしまえ」
そうだ。
行きたい場所に向かって全速力で走ればいい。
しかし、逃げ切る事は出来んぞ。俺がすぐに捕まえてやる。
これはゲームだ。喩えて言うならば、兎狩り。
長期間の監視で鈍っている身体を思い切り動かせる予感に俺は口端で笑った。
イタリアはそれを好意的なものと捉えたのか、
ありがとー とふやけた笑顔で応え、
のそのそとドアに向かって来て
そして、のそのそとドアの外へ出た。
走らんか!走らんと追い掛けられんだろうがっ!
お前が走り出したら狩りのスタートだ。早く走って逃げろ!
ドアから一歩踏み出したところでぼんやりと立っているイタリアの背中をイライラと眺めながら
俺はゲーム開始の瞬間を待った。
しばらくそのままぼんやりと立っていたイタリアだったが
「あっ!」
ようやく何か思いついたらしく一目散に駈け出した。
よし!ゲーム開始だ。
俺は標的を捉えるべく走り出…そうとして、前のめりに倒れかけた。
ドアから、ほんの10メートル行くか行かないかの地点でイタリアが立ち止まってしまったからだ。
「なんなんだあいつは!?」
理解不能生物に目をやり、そして、瞬時に止まった理由を把握した。
女だ。
ヤツは通りを行く若い娘さん達を発見し、全速力で駆け出し、近付いて、
軽薄なイタリア語で彼女達に話し掛ける。
この目的の為に立ち止まったのだ!
「なんてヤツだ…」
ここは敵地だという事など全く考える風もなく、
娘さん達と談笑するあいつの緊張感の無さは一体なんなんだ。
俺は、思いついたゲームが永久に始まらないと予感して
心身から力が抜けていく感覚に襲われた。
次の瞬間、
さらに俺の脱力感は増した。
イタリアが、なんの躊躇いも無く、こちらに向かって歩いて来たのだ。
「…何故戻って来たんだ?」
「ヴェ?だって俺ここ好きだし、それに」
Achoo…!
気の抜けるようなクシャミに続けてヤツは言った。
「外、寒いんだもん~」
床に寝転がり、鼻をズピズピ鳴らすイタリアを眺めて、脱力感に加え眩暈まで襲ってきた。
この程度の寒さで風邪をひいただと!?
監視の上に看病など冗談じゃないぞ!俺はこいつの保護者ではないのだからな!
こじらされたら敵わん。風邪には早期の静養が一番だ。
俺は『付きっきりの看病』という最悪の事態を避けるべく、イタリアに毛布を投げた。
「それでも被って寝ていろ!」
毛布に包まり、あったかーいと気の抜けた言葉を発してから、
ヤツは急に改まりこちらを向いて座った。
「なんだ?」
「毛布ありがとう~ ドイツって優しいんだね」
「なんだと…?」
締まりの無い笑顔とその言葉に俺の頭は一瞬混乱した。
俺が優しい…だと? 俺は、これ以上無駄な仕事を増やさない為に
俺の為に、行動しただけだ。
「勘違いするな。お前に情をかけて毛布を支給した訳ではない。
風邪をこじらされると面倒だから与えたまでだ」
「そっか~…」
イタリアは情けなく眉を下げ呟いたが、次の瞬間にはまた笑顔になり、こう言った。
「でも、やっぱりお前優しいよ!ちゃんと捕虜の俺にご飯くれるし、
さっきだって外で自由に遊ばせてくれたしさ!」
「!?」
捕虜に食事を与えるのは国際法で決まっている事、俺はそれを遵守しているまでだ。
先程の事は…暇つぶしの為にやっただけだ。それを…なんなんだコイツは!?
言葉に窮している俺にイタリアは近付いて来た。
「うん。お前、怖い顔してるけど優しいヤツだよ。Ich mag dich!」
…コイツ、今なんて言った?
至近距離で覗き込んでくる満面の笑みと
聞き慣れない言葉に
俺はまた混乱した。
混乱…?
…常に冷静沈着を美徳としている俺が、
こんなヘタレの言動に振り回され、思考を乱されているだと?
「くだらん事をほざくなっ!!!」
言い捨てて、乱暴にドアを閉め外に出た。
俺は、何故こんなに動揺しているんだ。
そうだ、あいつはドイツ語を話せないんじゃなかったのか?
話せないはずのあいつが、突然ドイツ語を話した。
だから混乱し、動揺したのか… いや、原因はもうひとつ ある。
『Ich mag dich!』
母国語なのだから当然意味は解かるが…
俺はあの言葉に馴染みが無い。
何故、俺に対してあいつはあんな事を言ったんだ… 何故、敵の俺に…
作品名:その言の葉は、誰が為に… 作家名:スープ