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その言の葉は、誰が為に…

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俺を称賛し、評価する言葉には幾度も触れてきた。
だが、あの言葉が 俺に向けられた事は 無かった。

…いや

昔、どこかで…
一度だけ、誰かが…

牢の外壁にもたれ掛るドイツの 無自覚に上気した頬を、
冷たい風が撫でて通り過ぎて行った。



「俺、なんか悪いこと言ったのかなぁ…」
室内にひとり残されたイタリアは、毛布に包まったままションボリと呟いた。

ドイツが優しくしてくれて嬉しかったから
ありがとうを言いたかっただけなんだけど、何がいけなかったんだろう。

あ!怖い顔してるって言ったのがいけなかったのかな
でもつい言っちゃっただけなんだよぉ 
怖い顔だけど、優しいから好きだよってことを伝えたかったんだよぉ

好き…あれ?俺なんでドイツ語で言ったんだろう?

俺、ドイツ語苦手なのに…
オーストリアさんの家に長い事居たから、話せるけどさ 
ドイツ語苦手なんだよね なんか辛い気持ちになるから…

悲しいこと 思い出すから…

『Ich mag dich!』

一度だけ、ドイツ語で言った『好き』
あの子にだけ たった一度だけ

それ以上強くも大きくもならないで そのままのキミで居てほしいって願いを込めて…

でも、伝わらなかった…

あれから、ドイツ語が苦手になった。

あれ?でも…
さっき言ったときは全然辛くなかったなぁ すっごく嬉しい気分で言えた!

イタリアは、先程の嬉しい気持ちを思い出しながら
毛布を深く被り笑みを零した。

「…Ich mag dich!」
もう一度、呟いてみた。

不思議と心が温かくなった。
さらに、頬に触れた毛布の心地よい暖かさが
眠気と遠い記憶を運んできた。

あの子のほっぺたもこんな風に温かかったなぁ
あれっていつだったっけ…

あぁそうだ 

あの子が好きだよって言って、キスしてくれて
それで俺、お返しに頬ずりしたんだ

あれ?でもあの子は『Ich mag dich』って言わなかったな

『Ich liebe dich』

そうだ あの子はそう言ってくれたんだよね

俺、すごく嬉しかったのに
上手く言葉が出てこなくて
肝心なこと、伝えられなかった。

ウトウトと眠りに落ちて行く中で
イタリアは呟いた。

「Ich liebe dich…」

大好きだよ…
怖いけど優しい…きみ…が…

目の前に
金に輝く髪と深い蒼の瞳が見えた気がしたが
それが誰なのか把握する前にイタリアは寝入ってしまった。




「やはり、こいつは理解不能な生き物だ…」
冷風で頭を冷やして戻ってきたドイツは、イタリアの毛布を整える手を止めて呟いた。

冷めたはずの頬の熱が再燃していた。
眠っていたイタリアが唐突に自分に視線を合わせ、先程以上に聞き慣れない言葉を発したからだ。

「言っている事も、毛布を頭に巻きつけながら寝ている事も、訳が解からん」

解からんが…

悪いヤツでは、ないのだろう   根拠のない、勘だがな

常に理論的に物事を考える自分が
何故、勘など信じる気になったのかと、ドイツは自分に苦笑した。

こいつも訳が解らないが
今の俺の思考も、相当訳が解からんな

そう思いながら見上げた窓の外には
高い秋の空が広がっていた。

(ENDE)