THIS LOVE @6/27新刊サンプル
「やめる気なの?」
「この仕事を?」
「この仕事を」
「まさか。」
「そうよね。やめようと思ってやめられるものではないわ」
こんなもの、といって、彼女は、まとめた書類をファイリングし、所定の位置に戻す。
「何が言いたいのか、よくわからないんだけど」
「そうね、少なくとも、忠告や警告の類ではないわね」
特に意味をもたないような文字の印刷されている、ファイルの背に貼られたラベルを、彼女は順番に眺めていった。手持ち無沙汰な彼女のその行為は、本当に時間つぶし以外の何物でもない。「暇なのよ。だから喋るの」。どうでも良いことを。
臨也は吐息だけで笑った。
「退屈なのは好きじゃない?」
***
この、矢霧波江という女について、彼はその時、はじめて本当の意味で、興味をもった。それは、今まで彼が人間というものに対して抱いていた―――と思い込んでいた、といってもいいかもしれないけれど―――興味とは、なにかが少し違っていた。しかしそれは決定的な違いである。鏡の前に立つものと、その中にうつる像が、同じすがたをしていながら、まったく別物であるように。その実像と虚像が入れ替わるのと同じくらい、それは奇妙で、どこかぞっとするような違いだった。
作品名:THIS LOVE @6/27新刊サンプル 作家名:浜田