Im in love
(いっそセルティさんを通して探りを入れてみようか・・・。情けないけど、自分で聞いてみる勇気は無い。)
嫌われているかもしれない自分では、下手をすると静雄を怒らせてしまう危険がある。
青年の沸点がやたら低いことや、並外れた腕力と強靱さを持ちながら、暴力を振るうことを厭っていることは、交わした会話から知っている。彼の嫌がることはしたくないしさせたくない。
・・・本当はきっと、自分が痛い思いをするのが怖いだけなのだろうけれど。肉体的にも、精神的にも。
帝人は小さくうなだれた。
やっぱり、セルティさんに頼んでそれとなく聞いてみて貰おう。彼女ならばきっと、静雄を怒らせることも、嫌な思いをさせることもなく聞き出してくれる。
帝人は改めて、前を歩くセルティに声をかけた。
「あの、セルティさん。今はどちらに向かっているんですか?」
さりげなく現状への疑問を口にしつつ様子を伺う。
付き合ってほしいというセルティにただ付いて歩き始めて、かれこれ十分以上経ったろうか。周囲の町並みは見たことがあるような無いような所で、帰りも案内が必要になることは必至であった。
そもそも目的地も帝人は知らない。
彼女は珍しく愛馬の黒バイクを駆らず、目的地の地理関係のためか、それともあまり注目されたくない道行きなのか、帝人と二人徒歩で向かっていた。
帝人に声をかけられ、ピタ、と、彼女は足を止めた。必然帝人も立ち止まる。
セルティは帝人に背を向けたまま。
妙な、間が空いた。
数瞬して後、
『実はな、帝人』
まるで逡巡するような間をおいて、セルティは戸惑うような動作でPDAを上げた。
『静雄に、頼まれてたんだ。なるべく早いうちに、帝人に取り次いでほしいって。』
どくり、と。
帝人の心臓が、不穏な音を立てたような気がした。
*********
いよいよ睡眠不足からくる疲労に嫌気が差していたところに、上司からの助言も相まって、静雄はひとつ決断を下すことにした。
これが本当に恋なのか、それともただの欲求不満の類なののか、見極めよう、と。
その上で、自分を苛むある意味での悪夢への対策を考えることにした。
具体的にそう決めたのは、昼間、偶然出会ったセルティにまで心配をかけてしまったときであった。
静雄は、このままでは良くない、現状を打破しようと、はっきり思った。
帝人との共通の友人である彼女に、少年と引き会わせて貰えるよう頼んだ。セルティは疑問符を浮かべているのがありありと読み取れる仕草をしていたが、近いうち連絡をとると約束してくれた。本当に有り難かった。
頼んだその日のうちに、少年と対面が叶うとは、少々予想外ではあったが。
ちょうど帰宅途中の帝人と会えたとかで、都合も悪くないらしく、急ぎ場所を指定して待ち合わせることとなった。
待ち合わせ場所の公園に着いた時、静雄は自分の頭がまだ整理出来ていないことに、握りっぱなしの煙草で手を焦がしたところで気が付いた。
*****
心の準備が出来ていないことは不安だが、早いに越したことはない。
街灯の頼りない光に照らされた公園に、長身の影を見つけたとき、帝人の胸中には僅かな恐怖と、冷静さがあった。
彼が自分に用のあることといえば限られる。その中でも今最も可能性が高いのは、先ほどまで考えていた件だ。
自覚出来ていないだけで、自分はどこかで青年の逆鱗に触れてしまっていたのかも知れない。
それもその場で怒りを爆発させて発散できるものではなく、若干言いにくいような何か。
たとえば、帝人が彼に憧れていることとか。
自分が憧れているような静雄の『非日常性』を、静雄自身は快く思っていないことは分かっている。
自分自身が嫌いな部分に惹かれて寄って来た帝人のことが鬱陶しく、しかし自分はこの通り非力で人畜無害の子供なものだから、上手くあしらえず困っていたのだろうか。
優しいところのある彼はずっとそれを鬱積させていた、とか。
それをこのたび、セルティに間に立ってもらって、きっぱり自分を拒絶するつもりだとか。
・・・ありそう。うん、こんな所かも知れない。
若干の恐怖と綯い交ぜになった不安が、帝人の思考を下降させていく。
そして、冷静な部分では、何とか静雄をつなぎ止められる方法がないか模索していた。
退屈な日常を殺すため、自分は常に埒外の事象を求め続けている。
ただ生きているそれだけで、人間の範疇を超越し続ける静雄は、帝人にとって自分と非日常とを結びつけるための大切な繋がりの一つだ。
セルティは優しい。よほどのことが無い限り、これから先も友達でいてくれるだろう。繋がりの切れる心配は無い。
ダラーズとは、今も支配、被支配の関係を保っている。このまま肥大させていけば将来的には危ういだろうが、今の所はまぁ、大丈夫。
帝人の身近にあって、求める『非日常』的存在の中で、静雄だけは、その繋がりが希薄であると帝人は感じていた。
コレ以上の距離は離したくない。いっそ臨也並みに嫌われてみてもいいかも・・・・・・・いや、やっぱりそれはない。というか無理だ、自分ではあっという間に殺される自信がある。
さてどうしようかと思いながら、帝人は静雄の前に立った。
セルティは少し離れた所で二人を見守っていた。
静雄が帝人に暴力を振るうというのも想像出来ないが、昼間の様子から、追い詰められたような彼の雰囲気に、不安が拭いきれない。
帰るようにも言われていないし、二人のことも心配なので、セルティはせいぜい話し声が聞こえるか聞こえないかくらいの距離を持って、青年と少年の対峙を見届けることにした。
「こんばんは。」
帝人は努めて平静な声で挨拶した。
「・・こんな時間に、呼び出して悪かったな。」
日はとっくに沈んでいる。早い家なら夕飯が始まる位の時間にはなっていた。
構いません、と帝人はやんわり否定する。気にしないで欲しい意を込めて微笑むと、静雄の顔にも苦笑のような、微かな笑みが浮かんだ。
久しぶりに近くで見る静雄の顔に、帝人は疲労のような色を見つけ、表情に出さず訝しむ。
「竜ヶ峰。」
「っはい。」
帝人が口を閉ざした間を突いて、静雄が少年に呼びかける。
反射的に居住まいを正して、帝人は静雄の目を真正面から見つめた。
******
目の前の少年は、背筋を伸ばして居住まいを正し、まっすぐに目を合わせてきた。
年の割に幼げな顔は緊張している。
「お前さ、俺のこと怖いとかって思ったこと、あるか?」
話しながら、静雄は今までぐちゃぐちゃと考え、頭の中でこんがらがっていたことが、言葉を吐くことで抜け落ちていくのを感じた。
ただ、心のままに聞きたいことを、喋っている。
そう言われて、帝人は少し、首を傾げるような仕草をしたあと、
「ありますよ。」
そう返した。
帝人は思う。下手な取り繕いは通じない。彼の意図が何かも分からない。今はただ正直に話そう。
この人は人間同士の駆け引きやらややこしい会話戦やら、その上での小細工を嫌う。
それに、僕はこの人に対してそういうことをしたくない。
まるで何でもないことのように返答した帝人に、静雄は内心驚いた。
作品名:Im in love 作家名:白熊五郎