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末期の庭

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上巻冒頭




 東の織田を抑えた豊臣は、今やもっとも天下に近い勢力である。
 いよいよ東に進軍かと思われる中、彼らは土台を固めるべく、隣国の毛利に恭順を求めた。
 東へ向う豊臣の背後を突かれたくないのだから、当然といえば当然のこと。いくら豊臣が勢力を拡大しているとはいえ、二面作戦で兵力を割くことは愚かしい行為だ。
 大体、群雄割拠の東と比べ、西の大きな勢力といえば瀬戸海を挟んで向かい合う中国の毛利と四国の長曾我部のふたつだけ。九州にも島津などの勢力はあるが、海と陸とで隔たられている。
 そのため、豊臣としては現在隣接する二勢力こそが悩みの種といえた。しかもこの二勢力はいがみ合っていればよいものを、いつの間にか手を結んで豊臣と敵対している。
「だから、先に西を討ちたいね。ここを僕らのものにすれば、今後の兵站が楽になる」
 勢力をまとめた地図を広げ、豊臣の軍師・竹中半兵衛はおもむろに建策を述べる。
 今までにも豊臣が毛利に対し、牽制もこめて手を出したのは一度や二度ではない。織田との決戦の前に、一時は本格的に制圧に乗り出したこともある。
 ただ、織田信長を倒しその勢力を手中に収めた今、以前とは大きく状況が異なる。これまでの痛み分けなどではなく確実に、毛利を併呑できる兵力が整った。
「しかし半兵衛。毛利は長曾我部と今だ同盟関係にあるはずだな。手を出すとなると、厄介ではないか?」
 先の戦で得たものは大きいが、失った兵力も看過できない。なにより、配下となったばかりの兵たちが、どれほど豊臣の指揮に従うかも未知数である。それを示唆する秀吉の声に、大丈夫と半兵衛は首を振る。
「毛利軍も長曾我部軍も、これからどんどん弱体化していく。僕らと違って、彼らは兵を徴用するからね。だから、手ごわい東を相手にする前の訓練と思ってくれたらいい」
 万が一ではあるが、東の勢力が結束したら厄介だ。手を組まずとも、多面作戦で物量戦を挑まれたら、それこそ寄り合わせ軍の弱さが出る。
 何度か秀吉と戦場を共にした兵は、畏怖を尊敬に変え忠誠を誓うのが常。しかし、にわかの豊臣兵は、こちらの旗色が悪くなれば保身に走る。併呑したばかりの織田の兵たちは、今だ豊臣の信用ある兵士とはいえない。さらには、最も利にさとい傭兵も数多く抱えている。
 だからこそ、激戦連戦が予想される東の諸国を相手にするよりは、どっしり腰をすえて戦いたい。もちろん理由はそれだけではないけれど。
 指揮杖を手に諸国の地図を眺め考えこめば、待て、と短く引き止められる。
「……弱体化とは?」
 言葉足らずで思考ばかり先走らせるのは、半兵衛の悪い癖だ。すまないと軽く詫びながら、己が支える男に向き直る。
「つまり、秋に向け、彼らは徴用した農民を村に返さなくてはならない。それに元親君は、秋には戦をしないともっぱら有名だ。取り巻きの海賊だけでは、兵力が微妙だからね」
 その点、地盤を持たずに大きくなった豊臣軍は、兵が足りないときこそ徴兵すれど、兵士と百姓は分離している。
「なるほど。収穫か」
「そういうことさ。それに万が一、今回の進軍に失敗したとしても、毛利は来年の備蓄に不安が出るだろう。きっと元就君は困るはずだ」
 もちろん、と続けて首を振る。矛盾することを言っている自覚はある。
「できる限り、田畑は荒らさずに戦をしたい。僕らの兵糧としていただくのも目的のひとつだ―これで、どうかな?」
 杖で地図を数度突きながら、視線をことさらゆっくり上げる。その行為に意味はないのだが、こうすることで得られる効果を知っている。
 友であり大将である秀吉は、ひとつ満足そうに頷くと、いつもの言葉を発した。
「任せたぞ、半兵衛」
「ああ、任してくれたまえ」


* * *


 戦の仔細は各地の細作から届けられている。織田に従っていた多くの家は豊臣に従い、従軍していた者たちはほぼ、豊臣軍に加わった。
「大きくなったものよ…」
 明らかに面倒が増えるのが目に見えていて、頭が痛いと元就は嘆息する。
 豊臣との間に挟む備前国をはじめとした近隣を治める豊臣寄りの武将らに対しても、既に調略ははじめている。おそらく豊臣方も毛利側の者に対し働きがけているはずだ。
 そういっても元就としては、豊臣はこの勢いに任せ徳川あたりを併呑してしまうと読んでいた。戦には勢いというものがある。それを駆れば、あの徳川の守り人も分が悪かろう。
 だが、豊臣は進軍を止め、西に転進しようとしている。尾張まで攻め入って、隣国の三河を無視するとは何を考えているのか。徳川の若き当主は、織田から豊臣に主人を変えたのか。
 そんな報告は届いていないし、人柄を考えてもそれはないと首を振る。
 家康は誰かの下で我慢はすることはできる男だ。だが、下知に従えば内政干渉のなかった織田と違い、豊臣は徹底した従属と忠誠を求める。
 我慢に美徳を覚える徳川の男たちがはたして、家康以上の忠誠を豊臣に向ける振りだけでも出来るか。否、出来まい。土下座して伏せた顔で哂うことなど、あの朴訥な田舎侍たちには無理な相談だ。
「………して、なぜ戻ってくる? その理由はなんぞ…」
 一時的に和平を結んだわけでもない。ただ、織田が滅び同盟国であった徳川は自国に戻り、そして豊臣は支配下を広げた。端的に言えば、本当にそれだけなのだ。
 豊臣の、軍師として戦を掌る竹中半兵衛の真意はどこにある?
 こと豊臣との戦は、いつも以上に策の読み合いになる。己の読みが勝れば勝ち、足りなければ負ける。当然それだけで戦が決まるわけでもないが、豊臣が台頭してきてからというもの、国境が落ち着いたためしがない。
 頭が痛いものだと、広げた細作らからの文を集めていれば、控えめな足音が近づいてくるのが聞こえる。報告がまた届いたかと手を止めれば、襖の向こうからは小者ではない声がする。
「父上、よろしいでしょうか」
 元就の密かに抱えている苛立ちを察してか、低く抑えた声色。こういう気遣いをする男は、毛利の中でも少ない。
「入れ」
 短く返事をすると、するりと襖を開け、長男の隆元が入ってくる。
「長曾我部殿が、こちらへいらっしゃるようです」
 書状を持ったままの第一声に、ぴくりと眉が震える。もとより、いきなり相談に来る男ではあるが、やはりあの男にも豊臣の動きは不気味らしい。
「知らせによると、一刻もしないうちに到着なさりそうです」
 あの男は、弩九で文字通り飛んでくる。今回の問題を考えれば、いつも以上に急いて来るだろう。そんな派手な行動は、豊臣に要らぬ警戒をさせるだろうに。またも頭が痛いと嘆息する。
「あと、小早川から文が届いております。それと、内政のほうで裁決を頂きたいものをお持ちいたしました」
 手に持つ書状をそれぞれ用件ごとに分け置きながら続ける長男の、覇気の足りない面を見つめる。その視線に気づいた隆元は、いかがなさいましたかと首を傾げる。
「足りぬものがございますか?」
「……お前は、豊臣の動きを何と読む?」
 脇に置いた細作からの文の山をちらりと視線で示せば、一瞬だけ戸惑いを見せたものの、隆元は首を横に振った。
「隆景を参上させましょうか。おそらく小早川からの書状も、参上の伺いについてと思いますが」
作品名:末期の庭 作家名:架白ぐら