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末期の庭

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「…………おい、毛利。思考に浸るのはいいが、アンタ、配下にはちゃんと声をかけて回ってんのか?」
 これまでの流れをぶち切るような鬼の声が、人の思考の邪魔をする。うるさいと睨みつけても、この男は毛利の武将らと違いなんとも思わない。ごく当然とばかりに、続けてくる。
「理由はどうであれ、豊臣が動いたんだ。兵は動揺するぜ?篭城してからこっち、ほとんどアンタは兵の前に顔を見せてねぇだろ。よくねぇな」
「フン、勝手なことを申すな。我がわざわざ城内を回る必要などないわ」
「その氷の面でも、大将がしゃんとしてりゃ士気ってのは下がんねぇんだよ。大体、昔の篭城戦のときは、それぐらいやったんだろうが。手を抜くな」
 両腕を腰にあて、上から目線でなにを言う。意見を出さぬどころか思考の邪魔にしかならないこの男を、本当に今すぐ城から追い出してくれようか。
 よほどこちらが嫌な顔をしていたのだろう。鬼の指が、眉間を突く振りをする。
「アンタも外の空気吸って来いよ。そのほうが、気分転換にもなるさ」
「……本当に貴様は、自分の尺でしか会話をせぬ男よ」
 別に今、気分転換など必要としていない。必要なのは、思考に引っ掛かりを覚えた正体不明のものを形作ること。そのためには静かな環境こそ必要なのだ。
 だというのに。
「父上、隆元です。よろしいでしょうか」
 まるで間合いを読んだように、襖の向こうから声がかかる。
 苛立ちを溜息に再び乗せて吐き出して、入れ、と短く返事をする。室に入ってくる息子と入れ違うように元親は出て行く。気を使ったのか、それとも言いたいことだけ言って満足したのか。
 おそらく後者だろう。たとえ前者であっても、認める気はない。
「…………」
 カツカツと、爪が床板を叩く。地図の前に座る隆元の、こちらを伺う顔も気に入らない。この城には、言いたい放題か、顔色を読むかのどちらかしか存在しないのか。
「何用だ」
「あ、はい。豊臣軍のその後の動きですが、朝方以降、特に目立った動きはないとの物見の報告です」
 定時報告には鷹揚に頷く。たったそれだけのために、毛利家嫡男がわざわざ使い走りするような内容ではないだろう。続きを無言で促す。
「城内も特にこれといった混乱はありませんが、やはり動揺している者が目につきます。父上に一度、城内へお出ましいただけないでしょうか?」
「………我が見回らずとも、隆元、お前が回っているのであろう?」
 いつの頃からか、毛利の内政の多くを手伝い始めた総領息子。有事の調整役も、その役割のひとつ。だから、もちろんですと頷く。
「しかし、父上の威光には及びません。この毛利軍、父上が日輪然と輝いているからこその強兵です」
 ですので、どうかお願いいたします。そういって深々と頭を下げられるが、であれば毛利に元就が欠けたときどうするつもりなのか。他力本願が過ぎると頭上高く結わえた髷を見下ろす。
 ―手を抜くなよ。
 脳裏で拒絶の言葉とともに蘇る、鬼の声。
 かつての篭城戦、そしてその前の戦。思い出せば、あれはすべて大内の慢心が招いた災いだったではないか。
 勝つためには、手を抜くな。確かにその通りで、他者に任せるのは慢心ともとれる。もちろんすべてを自身が行っていては手が足りない。一応、この息子の内政における能力は認めているのだ、元就も。
 ひとつ咳払いをして、立ち上がる。
「供をせよ、隆元」
「はっ。すぐに護衛の手配も……」
「それには及ばぬ。我が我が軍を見回るのに、なにを恐れる。そのような準備こそ、士気を下げると心得よ」
 そう、かつて郡山城で行った篭城戦では、城中総出で駆け回ったものだ。あれからそう年月は経っていないはずなのに、随分と変わってしまった。己も、己の回りも。
 隆元はもう一度深く礼をして、元就の背後に付き従う。
 それを見た近習たちが騒ぎ出すのも、いっそ愉快だった。

作品名:末期の庭 作家名:架白ぐら