朱璃・翆
household
「ここはのどかでいいところだな。」
夜横になりながら翆がそう言ってきた。
「ああ。辺鄙だがいいところだよ。そして嫌な人はやっぱりいるが、基本皆良い人たちだし。・・・うん、俺ここでじいちゃんに育てられて良かったと思う。ナナミやジョウイと一緒で良かったと思う。」
俺がそう言うと、翆はニッコリした。
「ナミさんもきっとお前がそう思ってくれていると分かったら喜ぶと思うよ。」
ナミの名前を聞くと今でも少しドキッとしてしまう。
ああ、喜んでくれるだろうか。
幸せを祈ってると言ってくれていた。
今でも俺の事を思っていてくれているだろうか・・・。
「そう、だといいな・・・。・・・明日、俺城に戻るよ。そして多分シュウに王になるよう頼まれると思う。俺、受けようと思っているんだ。翆、あなたどう思う?」
「・・・。ああ、いい事だと思うよ。暫く大変だと思うがお前ならやれるよ。」
「あの、さ、翆はどうするの・・・?今までは協力するという形で一緒に戦ってくれていた訳だろ?・・・これからはどうしようと思ってんだ?」
実はこれを聞くのは少し怖かった。
もう会えなくなったらどうしよう、さようならと言われたらどうしようと、俺の中の情けない部分が出てきていたからだ。
出来ればこれからもずっと一緒にいて欲しいと言いたかった。そばにいて欲しい、と。だが言えなかった。
「ああ・・・。ちょっと旅に出ようかと思っているんだ。」
俺は内心びくっと固まっていた。
・・・旅。
一緒にいるとは言ってくれなかった。
いや、俺だってそう言ってはいないが、やはりショックだった。
だからといって翆の行動を強制する訳にはいかない。俺のものと言いながらも俺には翆のやりたい事を止める事は出来ない。
「・・・そう、か。」
「・・・朱璃。勿論僕の部屋、いつだって用意していてくれるんだろう?」
「・・・え?」
「なんだ、戦いが終わればまさか僕は用なしなのか?」
「っそんな訳ないっ、てあの、旅に出て・・・?」
「?ああ、でもずっとふらふらしている訳ではない。度々帰ってくるが・・・?・・・迷惑か・・・?」
度々・・・帰ってくる・・・。
帰って?
遊びにとか訪問とか言わなかった。
帰ってくると、翆はそう言った。俺は翆に抱きついた。
「迷惑な訳ないだろっ。ああ。いつだって帰ってきてくれっ。俺はいつだってあなたを待ってるよ?」
「何なんだ急に、ちょ、離して・・・。っんっ。んんっ。ちょ、止めろって。」
俺がキスを嵐のようにしたら翆は真っ赤になって起き上がりどけようとした。俺も暫くしたら渋々離れた。
これ以上続けたら間違いなく止められなくなる。さすがにこの狭い家では翆にもあの2人にも悪い気がするし、我慢しよう。
「・・・まったくお前は・・・。ああ、そういえばジョウイ君も旅に出るとか言っていたぞ?ナナミはどうするかは知らないが。」
「そうだろう、な。さすがに俺もジョウイに一緒に来てくれとは言えない。でもきっとジョウイの事だから最終的には落ち着く場所を見つけて、そこでやっていくと思う。」
「どうしてそう思うんだ?」
「うん、あいつは実の家族がいたんだがうまくいってなかった。だから俺やナナミ、ピリカを家族のように想ってくれていた。ジルとはダメだったが、温かい家庭というものを欲している奴なんだ。だからいずれ誰かとどこかでその家庭とやらを作ると思う。」
「・・・そうか。・・・そうだ、な、そういえば・・・。・・・お前は?」
「うん?」
「お前こそ温かい家庭というものを欲しているんじゃないのか?」
「うーん、そりゃそれは居心地の良いものなんだろうが、俺は翆さえいれば、それでいいんだ。」
「・・・僕は男だ。」
「知ってるよ?」
「・・・だから僕はお前の子供を作ってやることが出来ないんだぞ?」
「わお、大胆だね?行為だけでいいんだけど?」
「・・・真面目に言っているんだぞ。」
「俺も真面目だよ?言ってるだろ?翆さえいればいいって。俺は嘘はつかないよ。なんでそんな事言うんだよ。あなた、子供欲しいの?」
俺は怪訝に思って聞いた。本当に翆さえいれば俺は幸せだというのに。どうしたっていうんだろう。
「いや。・・・僕は・・・永遠にこのままだから・・・いらない・・・。いても多分困る。でもお前は歳をとるんだぞ?・・・だから共に歳をとっていく伴侶と子供がいたほうが・・・」
「え?何言ってんの?俺があなたを1人にするとでも?ってゆーかあなた何で俺が歳とるって決め付けてんの?ああ、紋章が不完全だから?」
「・・・不完全だし、実際お前成長してるだろ?紋章宿してからも。」
「え?マジ?俺背、伸びた?ちょ、翆追い越した?もしかして?」
翆は座ったまま呆れたような顔をした。
「何をのん気なことを・・・。ああ、背も伸びている。気付かなかったか?今のお前は俺より少し大きくなっているぞ?」
「わーお。やったあ。最高。だってさー、やっぱ俺のが小さいって軽くおもんなかったんだよねー。よっしゃあ。」
「・・・。」
「あ、ごめん。でもマジ嬉しくって。でさあ、あなた、俺がこのままあなたをおいて年老いていくと思ってたわけ?んなわけないだろ?いずれジョウイから紋章もらって1つにするつもりだったからな。」
翆は驚いたような顔をした後言った。
「・・・気持ちは嬉しいが、止めておけ。普通の人として一生を送れ。いずれ誰かと結婚して子供を、家庭をつくって、歳をとっていってくれ。」
「何だソレ。何でだ?もしあなたが俺の事を思ってそう言ってくれているなら見当違いもいいところだな。別に俺はあなたに気を使ってるんじゃない。俺の希望だ。いっそ人間じゃなくてもいいんだ。あなたと生きていくだけで良い。それ以外望んじゃいない。」
翆はため息をついた。
「ナミさんの気持ちが分かるな。お前に幸せな人生を送ってもらいたいと思っているだけなのにな。」
何だ・・・?
まさかナミと同じ結果になるって事か?
さっきまで幸せで一杯だった俺は寒気すらしてきた。
翆はまたため息をついた。
「お前はほんと昔から多くを欲しがらないんだな。欲がなさすぎる。」
・・・嫌だ・・・まさか・・・止めてくれ・・・ダメだ・・・いや、絶対今度こそ俺はつかんで離さないからな・・・絶対・・・
「お前の為を思う相手泣かせだな、朱璃は。その上それがこっちの欲しくてたまらないものだっていうんだから困る。僕はナミさんのように誘惑に強くないんだ・・・。ああ・・・朱璃・・・。・・・どうしよう・・・。・・・お前の為にならないって分かっているのに嬉しくってたまらない・・・。」
そう言って翆は俯き片手で目の辺りを抱えた。
ああ・・・翆・・・。
俺のほうがきっと数万倍嬉しくてたまらないだろうよ・・・。
俺は決めた。もう少し先のつもりだったが明日にでもジョウイに話してみようと。