朱璃・翆
behavior
朱璃からの思いがけない台詞に翆はしばらく口をポカンと開けたまま固まっていた。
そして我に返ったかのように言った。
「ちょっと待て。何を言ってるんだ?それがふざけてるんじゃないのか?」
「俺は至って真面目だよ?」
「・・・それがもし本当だとしても、皆に触れ回るというのはどういう事だ・・・?恥ずかしくないのか?」
「なぜ?先手必勝だろ?あなたはもてるからね?そう言っておかないと先に誰かにとられるかもしれないじゃないか。まあ、ないだろうけどね。」
朱璃はさらっと言ってのけた。
翆はため息をついて言った。
「ほんとにふざけてる訳ではないのか・・・?だいたい僕がもてるとか、誰かにとられるとかってのも何なんだ・・・?」
「へえ、分かってないね?あなた自分がどれ程綺麗か知らないの?あなたが棍を振るう姿にどれ程の者がため息をついているか知らないの?誰にもなびかないあなたをどうにかしてものにしたいと思っている者がどれ程いるか知らないの?」
翆は口をぱくぱくさせた後、1つ呼吸をして言った。
「冗談、だろ・・・?」
朱璃はニヤッとした後真顔になって言った。
「自覚のないバカはこれだから困る。」
「何だと!?」
「とりあえずあなたは他の誰にも渡さないよ?俺の、ものだ。」
「僕を物扱いするな。だいたい僕の意思はどこにあるんだ。勝手に決めるな。」
憤慨して言った翆に対して、朱璃は悪魔のような顔つきで言った。
「あなたの意思?誰にも深入りしようとしないあなたの意思なんか知らないね。・・・言ったろう?俺は褒められた性格じゃないって。俺があなたを欲しいと決めたんだ。そう決めた限りもう俺のものなんだよ。ああ、大丈夫。俺は歪んでるかもしれないけど優しいよ?お菓子だっていつでも作ってあげるし?そんなに痛い思いもさせないよ?」
「・・・何を・・・」
「・・・それに、俺は勝手で、自分が大切だからね?あなたを丸ごと欲しいけど、あなたのその紋章には俺はやらないよ?ソウルイーターにこの俺は勿体無い。」
「・・・・・。そんな事、言っても・・・コレは・・・僕の周りの人を不幸に・・・」
「へえ、この俺が簡単にやられるとでも?そんな死神ごとき、俺を前にすれば尻尾巻いて逃げるだろうよ。」
「・・・な・・・。・・・ぷっ・・・。そんな自信、いったいどこから来るんだ・・・?」
翆はあまりの大言壮語ぶりに吹き出してしまった。
でも、そこまで自信満々に言い切られると、本当にそのように思えてくる。
「俺は有言実行の男だからな。」
「それを言うなら正しくは不言実行だろう・・・?まったく・・・。」
「不言実行、か・・・」
そう呟くと朱璃は手をのばし、翆をつかむとそのまま抱き寄せキスをしてきた。
朱璃の方が翆より少し背が小さいからか、片手は翆の後頭部を引き寄せるような形で。
「!?っんーんー」
翆がどんどんと叩くがびくともせずにそのまま朱璃は続けた。
しばらくしてからようやく顔を離した。
「い、いきなり何するんだ!?」
ばっと退いて、手の甲で口を押さえ翆が言った。
「不言実行?思ったことを口にせずに実行しただけだ。ごちそう様。」
そう言って朱璃はニヤッと笑う。
「ふっ、ふざけるなっ。」
頭に血が上った翆は、そう言って朱璃に殴りかかろうとした。
しかし冷静でない攻撃の為、ひょいと簡単によけられそのままベッドに押し倒される。
「はっ、離せっ。」
バタバタとあがく翆をしっかりつかんで上にのしかかった朱璃は、顔を近づけて囁いた。
「ふざけてなどいないと言っているだろう・・・?俺はあなたに対して嘘などつかないよ?」
そしてまたキスをした。
口を離すと言った。
「ふふ・・・。そんなに怯えないで?いくら人面獣心の俺でもあなたに対しては飼い犬でもあるんだよ?そりゃ飼い犬もたまにはご主人様を噛むけどね・・・。大丈夫。いきなり獲って喰わないよ。・・・今はね?」
ぺロッと翆の鼻を舐めてから朱璃は離れて翆を起こしてやった。
翆は青い顔でキッと朱璃を睨みつける。
「わお、睨まれちゃった。仕方ないから退散しようかな?じゃーね、翆さん。また後で。今日は美味しいクレームブリュレを作ったんだ。」
そう言うと朱璃はニッコリ笑ってひらひらと手を振って部屋から出て行った。
残された翆は呆然としたままベッドに座り込んでいた。
あまりの展開についていけない。
なんだったんだ・・・。
何を言われたっけ?
何をされたっけ?
そして青くなったり赤くなったりしながらベッドにうつ伏せになって枕に顔を埋めた。
「くそ・・・。何なんだ・・・。」
そのままその日は部屋から出てこなかった。
次の日書類を読んでサインしている朱璃の部屋にノックもなしに翆が入ってきた。
朱璃はチラッとそれを見てまた書類に目を戻す。
「やあ、おはよう翆さん?昨日はどうしたの?せっかく美味しいおやつ用意していたのに。ああ、まだレストランに保管してあると思うから食べて下さいねえ?」
書類に目を通してサインしながら朱璃は言った。
まるで昨日の事が何もなかったかのように。
翆はつかつかと朱璃が座っている机までやってきて徐に朱璃の胸倉をつかみ上げて言った。
「この傍若無人野郎。僕は難攻不落でね?簡単に手に入ると思うなよ?」
朱璃はつかまれたままニヤッとして言った。
「へえ?てっきり怯えて泣き潜んでいるのかと思いきや、宣戦布告かい?くっくっく・・・あははははっ、面白い。そうこなくっちゃ。勿論あなたは俺のものには違いないけどさ、見てろよ?今に俺が欲しくて仕方がなくなるようになるよ?」
「ほざけバカ」
翆は、どんと朱璃を椅子に放るとそのまま部屋を出て行った。
「ふふふ・・・今度こそ、俺は欲しいものは手放さないよ・・・?」
朱璃は例の悪魔のような微笑でそっと呟いた。
ちなみにその後保管されていたクレームブリュレは綺麗さっぱりなくなっていたようである。