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カイトとマスターの日常小話

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…お前は外の世界を知らないから、そんなことが言えるのだ。本当は俺ももっとちゃんとした歌を歌わせてやりたいと思っている。でも、素人の俺に何が出来る。カイトと言う素敵な素材を無駄にしているように思えて仕方がない。こんなど素人のとこで埋もれさせるのは可哀想じゃないか。もっと上手に歌えるのに。
「…それは、僕に飽きたってことですか?」
俺が言った言葉にカイトは悲しそうな顔でそう返す。…そんな顔するな。俺が言いたいのは、そういうことじゃない。
「飽きる訳ないだろう。…好きなのに」
「だったら、どうして、そんなこと言うんですか?」
目蓋のふちに溜まった滴が今にも落ちそうだ。
「…もっと、お前は上手く歌えるし、皆を喜ばせてやることが出来るのに…俺の為だけに歌わせるなんて…可哀想だろう。お前は凄いのに」
「可哀想なんて言わないでください。僕は皆を喜ばせたいから、歌うんじゃなくて、マスターに喜んで欲しいから歌うんです。上手くなりたいのは、マスターに喜んでもらいたいからで、他の人を喜ばせる為なんかじゃない!」
ぎゅうっとカイトが俺の服の裾を掴んだ。
「他のマスターなんていらない。僕のマスターはあなただけです。…だから、そんなこと言わないでください…」
潤んだ紺青の双眸から、一滴、涙が落ちる。俺は口を噤んだ。
「…他のマスターのところに行くくらいなら、僕はアンインストールされた方がマシです」
それは俺には殺人を、カイトには自殺を意味する。きっぱりとカイトにそう言い切られ、言葉もない。カイトは俺がいいと言い切った。だったら、俺もそろそろ腹を括るしかないだろう。カイトには俺しかいないし、俺にもカイトしかいない。…子が親を慕うのが当たり前なら、親が子を愛するのも当たり前だろう。…それでいいじゃないか。

「…お前の気持ちは良く解った。…俺、仕事、やめるわ…」

「…は?」

いきなりの仕事をやめる発言に、涙で頬を濡らしたカイトが顔を上げた。
「いきなり、何、言ってるんですか?」
俺の発言の意味が解らない。理解出来ないという顔をしている。
「…いきなり、か。…前は、働くのが人生だって思ってたんだけどな。充実してたし、好きなことやってる訳だし、…でも、身体壊して、お前に会って、考えが変わった」
「え?」
「…人の生は短い。が、俺は細く長く生きるつもりだ。その短い人生、お前の歌を聴きながら過ごしたい」
「マスター…」
「…でもまあ、俺が先に逝くか、お前が先に逝くのか解らないけどな。…お前と過ごす時間はきっと今より、充実してんだろ。…丁度、知人が建築事務所を立ち上げるんで、俺に来て欲しいってラブコールもらってんだよ。図面引く仕事なら家でも出来るしな」
いくらお金を稼いだって使う暇がないなら、意味がない。なら、収入が少なくとも時間を好きなように使える方がいい。時は金なりと言うしな。…空いた時間も、仕事をしているときも、カイトの歌声を聴けるならこんな贅沢なことはない。
「俺の帰りを待って、玄関で寝なくても良くなるぞ。嬉しいだろう?」
「…嬉しいですけど…。…マスターはそれでいいんですか?」
躊躇いがちにそう訊いてくるカイトの頬を拭ってやり、頭を撫でる。
「いいから言ってるんだろ。お前の歌が飽きるまで聴けるようになるんだから、これ以上の贅沢はないしな」
「…飽きられたら困るんですけど…」
カイトが眉を寄せてそう言う。
「絶対、飽きないから安心しろ。お前の声は好き過ぎて、…何と言うか、中毒だからな」
俺がそう言うと、
「…中毒って…。それって、喜んでいいんですか?…うーん…」
カイトは困った顔で俺を見つめて、苦笑した。
「でも、マスターと一緒にいれる時間がこれから増えるんですね。それは嬉しいです」
「ああ。俺も嬉しいよ。……これからも、よろしくな。カイト」
「僕のほうこそ、よろしくお願いしますね。…あ、でも、」

花が咲くように笑ったカイトがむっと眉を寄せた。

「使ったものは放っておかないで、ちゃんと片付けてくださいね」
…にっこり。
「…はい」
…こういうときの主導権はカイトに握られてしまう。俺は散らばったままの資料を片付ける。




 今日も明日も明後日も、……ずっと、カイトの歌声で綴られる毎日は、花のように美しく、彩りに満ちた日々になっていくだろう。







オワリ