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カイトとマスターの日常小話

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「嬉しいです。マスターのところに帰れるんですから!」
「それは良かった。お前が今のマスターのところで幸せにやってると解って、私もほっとしたよ。いいマスターに会えて良かったね」
「はい」
主任がわしゃわしゃと僕の頭を撫でる。くすぐったい。それを見て、主任が目を細める。それが一瞬、マスターに重なって見える。ううっ、早く帰りたい。抱きつきたい。一週間、我慢したアイスをマスターと一緒に食べるんだ。
「お前のマスターが迎えに来てるよ。早く、元気な顔を見せてあげなさい」
ぐしゃぐしゃに絡まった髪。顔を上げて言葉を反芻する。
「本当ですか!?」

「ロビーにいるのを見た…って、いないし…。……仕方のない子だねぇ」

主任の言葉の終わらないうちに僕は駆け出していた。





 …ああ、仕事サボって、ラボまで迎えに来るとか…。小学生の子どもじゃねぇだろうが、カイトは。どんだけ過保護なんだよ、俺…。
 ラボから、電話が来て、居ても立っても居られなくて、待つのも嫌で高速走って……俺、馬鹿だろ…馬鹿だな。本当にさ。有り得ないぜ。


 広い開放感溢れるロビーに人影はない。時折、忙しそうに行き来する白衣の研究者と落ち着き泣くうろうろする動物園のクマのような俺を見て、クスクス笑っている受付のお姉さんがいるだけで静かだ。その静かなロビーに大音声が響き渡った。


「マスター!!」


振り返る間もなく、どふっ!!…と、衝撃がきて、つるりとした床に足を取られそうになりながら何とか足を踏ん張る。


 …俺を殺す気か、お前は!


 眉間に皺を寄せ、叱らねばと息を付けば、ぎゅうっと腰に腕を回したカイトが嬉々とした顔を上げた。
「マスター!!」
「いきなり抱きつくなと何度言えば解るんだ!お前は!!」
腰に来たじゃねぇか!ギックリ腰になったら、誰が家まで車運転して帰るんだ!馬鹿野郎!…今までの感傷というとか寂しかったことだとか悲観的だったものがすべて霧散して、いつもに戻っていく。
「だって、マスターが…」
カイトの蒼い目がみるみるうちに水分を含んで、目尻からぽろりと雫が落ちる。ぐずっと鼻を啜ったカイトがいつもの顔でへにゃりと笑った。
「…迎えに来てくれて、迎えに来てくれるなんて思ってなかったから、うれしくて…」
「…たまたま、こっちに仕事で用事があったんだ。お前を迎えに来たのは、そのついでだ」
居ても立っても居られずでついでなんかじゃないのに、捻くれ者の俺の口は俺が思っていることと間逆なこと言う。
「ついで、でも、嬉しいです」
それでもカイトは嬉しそうに笑うから、どうでも良くなってしまう。
「…声、出るようになったな」
「はい」
「…良かったな」
「はい」
久しぶりに聞くカイトの声は柔らかく耳に響く。ああ、本当に良かった。


「…帰るか」
「はい、マスター」


カイトが隣にいる。失くしたパズルのピースが合うように、しっくりとぴったりとする。


「マスターのそばがやっぱり、僕にとってはぴったりします」
「…俺もだよ」


家族って、そんなものだろう。カイトが戻った家は居心地の良さを取り戻していた。





オワリ