アイタイ
庇おうとした友人たち。それを自分の投手だけ引き寄せた、過保護の捕手の姿を捉えたところで画面は切り替わり、腕を上げながら走っていく田島の姿となった。
横の花井を睨みつけたら、完全に横を向いている。
「花井来てたの?」
「…お前の来なかった飲み会で、三橋が行こうって言い出したんだよ」
言い訳がましくぶつぶつ言う花井を乗り越えて、仏壇に手を伸ばす。
「お前これ持ってけよ!」
「馬鹿か。記念だろ戻しとけ」
むきになって押し付けようとする田島の腕を、さして苦もなく抑えこんで花井は主将の顔を見せた。
「お前を育ててきてくれた人が、活躍を祝ってこれだけ集まってくれたんだ。これはここに在るべきだよ」
「でも…」
花井に持っててほしいんだ。
そう言う前に、言葉を重ねられる。
「また捕るから」
田島の腕を仏壇までそっと押し、戻すよう促す。
「少し背も伸びたし、筋肉も付いてきてる。お前はまた打つだろ。それ捕ってきてやるから」
真剣な声に、かくっと頷く。
「うん、オレは打つから! ゲンミツに捕れよなっ」
「分かった」
邪気無く笑った花井の顔に見とれながら、その顔はまずいと予感する。
「おいちゃん感動したよっ」
「は?」
突然の声に花井が振り返れば、酔った叔父が男泣きしている。
「飲みなさい!」
コップを押し付けられて、溢れるほどビールを注がれる。
「もう、タケちゃんに飲ませすぎぃ」
そう言う叔母たちも、笑いながら酌に参加している。
花井はオバサン受け良いからなぁ。やっぱり取られちゃった。
行き場のなくなったホームランボールを仏壇に供え直したら、曾祖父がにこにこして見つめていた。
「悠にええ友達いて、安心したわ」
子供のようにちょこんと座ったら、節くれだった染みだらけの手で撫でられる。
「悠がホームラン打ったより嬉しいよ」
うんと頷いた。
オレ、アイツが好きなんだ。
また花井と話せたのが嬉しい。
見にきてくれてたのが嬉しい。
メールは来なかったけど。
思い出して花井を振り返ったら、ビールを持った集団に取り囲まれている。
「ちょっと、もうダメ〜っ」
真っ赤になった花井を引っ張り出して、部屋へと連れて行く。
「サンキュ…助かった…」
「もう、テキトーに断れよな。水持ってくる」
「う〜い」
急いで部屋に戻ったら、床にごろりと転がったまま、花井が携帯をいじっていた。
「水くれ」
気だるげに花井の白い携帯が放り出され、代わりに自分の黒い携帯がなった。
背を丸めて水を飲む花井の横で、自分の携帯をかぱりと開く。
本文は「初ホームランおめでとう」だけ。
何この阿部並!
悩んだ割にみじかすぎねぇ? と思ったら、下に続けて写真が添付されている。
そこには、ボールを大事そうに持った三橋と、照れたように笑った花井が写っていた。
「三橋がグローブ持ってきてさあ」
少しだるいのか、花井はまた横になっていた。
「阿部が取り上げて、俺に捕らせろって。あいつの過保護は、一生治らねぇな」
額に当てた腕の下から、おかしそうに笑った。
「人のグローブは使いにくいから、次は自分の持っていく。うっし、そろそろ帰るわ」
花井はまだだるそうな仕草で起き上がると、残った水を飲み干して着替えの入った紙袋を引き寄せた。
「洗濯して返しとくよ」
「あ、お母さんが野菜もってけって」
さっきの姉達の勢いなら、大量だろうなぁと玄関を見たら、四袋もある。
「花井歩き?」
「いや、部室にチャリ置いてあるよ」
「じゃあ、そこまで送る」
別れがたくて、返事も聞かずにサンダルへ足を通した。
「いきなり来たのにわりぃな」
二人でゆっくり歩きながら、夜の校舎に入り込む。
夜風に吹かれて、花井が気持ち良さそうにしていた。
こんな表情を見るのは初めてで、たわいもない会話をしながらも目が離せないでいた。
「暗いんだから、俺の顔ばっかみてんじゃねーよ。こけるぞ」
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
開き直ってガン見したら、落ち着かないからとまた笑った。
「俺、長男だし、大学は行っときたかったんだ」
「うん」
進路が違うと知ったとき、予感はしていたがやはり淋しかった。
「今は大学で野球やってる」
やっぱりなと思い、黙って頷いた。
「今年から、一軍入れそうだよ。当分ベンチだろうけどな」
「お、すげーじゃん」
大学の試合もチェックしようと、こぶしを握る。
「卒業したら、プロ狙ってみるつもりだ」
「マジ?」
入れるかわかんねぇけどと花井は笑ったが、それが例え敵チームだとしてもいい。同じ場所で会えるのだ。
「うっし、ありがとな。」
気がつけば、プール脇に立てかけてあった自転車まで来ていた。
ハンドルに袋を引っ掛けると、前に重心が偏りすぎて、かなり危なそうだ。
「まだ酔ってっし、押して帰るわ」
「うん」
名残惜しいが、普通に話せるようになった。それだけで十分な収穫だよな。
しかし指に絡めた鍵を持て余すように、視線を逸らしたまま花井が小さな声を出した。
「…やっぱり、酔い覚まして帰ろうかな…なぁ…まだ、時間いいか?」
「ん、いいよ。キブン悪くなった?」
暗くてはっきり分からないが、確かにまだ顔が赤い。
「あ〜、ちょうどいいし、部室行かねえ?」
「ちょっと暑いけど、蚊も来ないしいいか」
階段をヒョイと飛び降りて、勝手に南京錠を開ける。
電気を付けようとして、不法侵入がばれるからと止められた。代わりに花井が携帯を開いて、明かりの代わりにする。
並んで壁にもたれ掛かると、足の長さがまるで違う。それが悔しくて、少し腰を前に出したら、花井に笑われた。
「卒業式の日さ」
意識から外そうとしていた事にいきなり引き戻されて、体が固まる。
「お前、本気…だったよな」
確かめるように言われて、かくんと頷いた。一瞬否定しようかと思ったが、あの時の気持ちに嘘をつきたくなかった。
「ちゃんと答えなくてごめんな」
あの時、真剣だった田島の告白に、ふざけてんなと怒られたことが蘇る。
「男に突然コクられたら、冗談と思うよな」
思い出して、少し小さくなった田島の様子に、花井は言いにくそうに鼻を掻いた。
「つーか、俺の気持ち見透かされた気がして…つい怒鳴った。ごめん」
気持ち?
花井の顔を見ようとして、不意に暗闇に包まれる。
携帯のバックライトが消えたのだ。手をのばしかけて、そのままでいいからと止められる。
でも、花井の顔が見たいよ。
「ずっと言うつもりはなかったけど、俺も好きだった…携帯つけんな。恥ずかしいからっ」
だから、見たいんじゃんと手探りで身を乗り出したのを、花井の腕に抑えされる。
「あの後、連絡しようとして…忙しいかなとか考えてたら、しそびれてさ。お前は飲み会来ないし、返事もなかったし」
「オレもしそびれてた。ごめん」
闇に慣れた目が、花井の視線と絡まった。
「これからは返事しろよ?」
「おう、ゲンミツにする!」
胸を張って答えたのが、暗がりでも伝わったのだろう。声が笑いで震えていた。
「それで…さ…」
耳元で花井のかすれた声が囁く。
―――あの時は言えなかったけど、俺も好きだよ。
「あぁ、やっぱり!」