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ヘイディーズ

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「将臣くん、って、走るのすごく速いよね。知らなかった」
 ペンを握る手を休めて望美がそう言うと、幼馴染は怪訝そうな顔をした。
「なんだよ、唐突に」
「今日の体育、女子は少し早く終わったから、帰る途中に見えたんだよね。男子が走ってるとこ」
 体育館から教室への渡り廊下からは校庭が見渡せる。グラウンドでは男子が二百メートル走のタイムを計っていた。将臣は誰よりも速く走っていて、陸上部抜かすなよと飛ばされた野次が、廊下を渡っていた望美の耳にも届いたのだ。
「あんなに速く走れるなんて、ずるいなあ」
 拗ねたように口をとがらせる望美を見て、将臣はわずかに首を傾げる。
「おまえだって、女子の中じゃ一番か二番くらいに速いだろ」
「そうだけど。でも、あんなふうに、男の子みたいには走れないよ」
 将臣の走りはしなやかで、走るための肢を持つきれいな獣のようだった。遠く、ゴールを目指して力強く走る背中は、立ち尽くした望美の目にストロボ写真のように焼きついた。わたしはあんなふうには走れない、と思うと悔しくて、知らずくちびるを噛み締める。薄いくちびるは少し切れてしまって、切ないような痛みをおぼえた。
 けれどきっと、そんな悔しさは将臣には伝わらないのだろう。
 彼は少し困ったように笑って、望美を宥めようとした。
「そりゃあ、男と女じゃバネが違うんだから、しかたないだろ。筋肉のつき方が違うんだよ」
 将臣の言葉はいつだって正論で、けれども、だからこそ望美はますます悔しくなるのだということは理解していないようだった。望美は頬をふくらませると、胡坐を組んだ将臣の足に手を伸ばして確かめるように撫でた。制服の薄い布越しでも、固くしなやかな筋肉の感触がてのひらに伝わる。
「おい、」
「ほんとだ、ぜんぜん違う。悔しいなあ」
 少し慌てた声音には気づかないふりをして、望美は素直に感嘆してみせた。将臣は怒ったような、それでいて困ったような憮然とした顔をして、望美の手首を乱暴に掴む。それから、無理やりに引き剥がすようにして腕を引いた。
「そういうこと、不用意にやるんじゃねえよ」
 唸るようにして、将臣が吐き捨てる。けれど将臣の少し怒ったような顔も、乱暴な口調も、望美は嫌いではなかった。どこか子どもっぽく見えるからだ。不機嫌そうな藍色の目を下から覗き込むと、少したじろいだ色が浮かんで、そういうところは可愛いのにな、と望美は思う。
「変な気持ちになった?」
「おまえなあ…」
 ため息をついて、将臣は握っていた手を離す。少し汗ばんだてのひらに掴まれていた手首が、急に冷たくなったような気がして、望美は俯いた。
「なったって、いいのに」
「ばーか」
 苦笑混じりに額を軽くはたかれる。力はまるでこもっていないから痛くもなんともなかったけれど、悔しくはあったので望美は額を押さえた。
「痛い」
「はいはい、悪かったな」
「将臣くんのばか」
「そういうこと言う奴には、ヤマ張ってやらねえぞ。来週の試験は自力で頑張れ」
「えっ、うそ、ごめんなさい。教えて!」
 望美が慌てて真剣に謝ると、将臣は声を立てて笑った。
 口を開けて笑う顔も、楽しそうな声も嫌いではない。大きなてのひらも、長い足も、高い背も。やさしいところも、少し意地の悪いところだって。
将臣の中に嫌いなところがあるとすれば、たぶんあの、遠い背中くらいだな、とぼんやりと思った。

(だってあの背中には、わたしはずっと追いつけない。)

作品名:ヘイディーズ 作家名:カシイ