誰そ彼
二つ並んだ家から駅まで続く細い道、短い市電、駅から学校への道。それらの記憶は大抵幼馴染みと共にある。同じ場所へ行き、同じ場所へ帰った、あの日々は既に遠いけれど、記憶だけは色鮮やかだ。
学校の帰り道、少しずつ空が暗くなる途中でその端が橙色に染まり始め、光が弱く柔らかく横からさす道を、それが当たり前であるかのように、よく二人で歩いた。その日の授業のことや、夕飯を何にするかといった、何か他愛もないことを話していた気もするし、ただ黙って並んでいたような気もする。大抵二人で移動していたせいで、お互い周りの友人のように本を読むことも一人で音楽を聴くこともなかった。聴きたいと言えば、いつの間にか始めていたバイトの初めて貰った給料で買ったというプレイヤを彼は気前よく貸してくれていたから、望美は一度もその手のものを買ったことすらない。
将臣の部屋にあるCDは大抵洋楽で、英語があまり得意ではない望美には内容が理解できなかったが、そう言うと苦笑混じりに、
「ばーか、俺だって全部はわかってねぇよ」
と返されたので、それ以来気にしないことにした。それでも何度も同じ曲を聞く内に、少しずつ聞き取れる単語も増えた。その拾った音の中から、その曲が気になったのも、ほんの気まぐれだったのだ。
「ねぇ、今の曲、どんな意味?」
「ん、」
イヤフォンを片耳ずつ共有したまま、小さな声で隣の将臣に問えば、彼は電車の窓から外を見たまま生返事をし、少し面倒くさそうに望美を見た。
「そんなに知りたかったら歌詞貸すから家帰ったら見ろよ」
「今知りたいの」
「しょうがねぇなあ」
短い髪の上から首筋を片手で押さえ、濃紺の瞳を天井へ向ける。しばらく耳から入る音へ集中し、その歌詞を口の中で転がすようにしていた将臣が目を細める、その表情が一瞬泣きそうに歪んだようにも見えて、望美は息を詰めて言葉を待つ。
「そうだな。全力でくたくたになるまで進んで、死にそうに疲れたら家へ帰ろう、その帰り道を見つけた、ってところか」
その、帰りにぴったりだろう、と屈託無く笑う顔が、他の何よりも鮮やかに記憶に残っている。