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市営住宅の真ん中の入り口の4階の右

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 学校と自分の家とでは違う、ということだろうか。思えば当たり前のことかもしれない。いつも寝ているばかりのゾロが幼児の世話を焼いているのだから、家というのは不思議なものだ。柔軟剤みたいなにおいも、狭っ苦しく物が多いリビングも、すべてゾロの家なのである。
 これが俺の家だったらどうだろうかと想像して、思わずローは首を振った。チビナスのようになった保護者(満39歳)に菓子を食べさせてやる自分の姿を思い浮かべてしまったのだ。ぞっとしない光景である。
「おいてめえら、今何時だ」
 そのとき台所でないほうのふすまが開いて、そこからのっそりと出てきたのは――
(……似すぎだろ)
「あ、ゾロの父ちゃんだ」
「ちわーす」
「おじゃましてます」
 とーたん! と駆け寄っていったチビナスを無造作に抱き上げ、ゾロの父ちゃんというその男は、むき出しの腹をボリボリと掻きながら息子そっくりの目を眠たそうに片方だけ歪めた。
「あー……ルフィウソップ、てめえらまた来てんのか。そろそろ食費入れろ」
「ケチくせー」
「肉食わせろ、肉!」
「なんつう図々しいガキどもだ」
 父ちゃんとやらは、息子の友人たちを前にしても堂々と上半身裸で大欠伸をかいている。その胸には斜め一閃の傷が走っていて、思わずローはそれをじっと見つめてしまっていた。ゾロとは瓜二つだが、母ちゃんとは何から何まで正反対の人物だ。
「ん? そっちは新顔か?」
 じっと見つめていた当人から視線を向けられ、ローは慌てて胸の傷から目をそらした。なんとなく迫力があって、とても目を合わせられそうにないのだ。
「はじめまして、トラファルガー・ローです」
「ああ、あの、滅茶苦茶賢いっていう」
 いったい、ロロノア家でローはどんなふうに語られているのだろうか。
「んだ、まだ4時半じゃねえか。損したな」
「いい大人が夕方まで寝てんじゃねえよ」
「うるせえな、父ちゃんは夜勤明けなんだ。もっと労われ、ガキども」
 あー、と呻きながらゾロの父ちゃんはそのままチビナスと台所の方へ消えていった。
 いい大人が夕方から酒飲むんだぜ、とウソップがローの耳元で囁いた。



「えー、メシ食ってかねえのかよう」
「うまいのになァ」
「うん、うちにあるし」

 結局5時までひたすらキノコを走らせて、門限のあるローが帰ると言えばルフィとウソップは名残惜しげにブウブウと言ったのだけれど、この2人は帰らなくて良いのだろうか。ルフィがあまりにもうまいから食え、食わないと一生後悔する、と騒ぐものだから仕方なしに小鉢の中のジャガイモをひときれつまめば、確かにそれは恐ろしいくらいに美味かった。
 言葉を失うローの顔を覗き込んで、ルフィがしししと笑う。どうしてこいつは、他人の家のメシに対してこう得意げなのだろうか。
 
「おじゃましました」
「気をつけて帰れよ」
 送って行こうかと言うゾロの父ちゃんの言葉をやんわり断って、ローは再びあの薄暗い階段を降りて外に出た。そういえば、『市営住宅の真ん中の入り口の4階の右』というのは、もしかして階段を降りているときに右手側ということだろうか。初めて来る相手にそれじゃ通じるはずがない。けれどなんとなくそう言いたくなるのはわかるような気がして、ローはひとりうっすらと笑った。
 来たときは1羽きりがクルクル言っていた巣には、今は2羽、ギュウギュウと詰め込むようにして入っている。あの狭いリビングみたいだ。
「また遊ぼうなァー!」
 試合住宅の敷地から出ようとしたときそんな声が追いかけてきて、振り向けば小さな窓からゾロとチビナス、ルフィ、ウソップが無理矢理顔を出してぶんぶんと手を振っていた。
 ローが手を小さく振り返せば、何かわあわあと言っている。
(楽しかった……)
 あの肉じゃがを一口しか食べられなかったのは残念だが、それはまた次の機会に取っておくことにしよう。何しろ、ローの保護者はやきもち妬きだから――



「今日、友達の家に行った」
「ヘェ……これ食えよ」
「ゲームしたんだぜ。うちでもやろう」
「2人でやれんのか? これも食え」
「うん。ゲームの機械と、コントローラーとソフトとメモリーカードが必要なんだ」
「今すぐ買いに行かせる。どうだ、美味いか? 美味いだろ?」
「うん、うまい」
 奥歯でプチプチと鳴るキャビアは、実のところローの子供の舌にはそう美味いものでもないのだけれど、ローが嘘でもそう言うと目の前の男は実に嬉しそうにフッフッフと笑うのだった。まるで子供だ、と子供のローに思われるのだから仕様がない。
「ゲームはな、スティックで動かしてハテナを取ってZでアイテムだ」
「やっぱり俺の作るメシは美味ェなあ。フフフフフ」

 まあ、これはこれで、悪くない夕食だ。