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市営住宅の真ん中の入り口の4階の右

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お疲れの日



「おじゃましまーす!」
「ただいま」
 ぞろぞろと玄関を踏み鳴らす足音は1,2,3,4。ゾロにルフィ、ウソップの腐れ縁と、最近仲間に加わったローの4人だ。
「あれ……母ちゃんいねえの?」
 いつもはここで台所から怒鳴り声が聞こえてくるはずなのだが、しんと静まり返ったままの我が家にゾロが訝しげに首を捻った。夫や長男と違って几帳面な性質の母ちゃんは、仕事や自治体の会合、町内会への出席、その他買い物の予定まできっちりと家族に伝えている。
 今日は水曜だから、仕事は6時過ぎから。今の時間は晩御飯の仕込みと洗濯をしているはずなのに。
「鍵、開いてたしなァ」
 さすがに警察官の女房だし、母ちゃんが施錠もなしに家を空けることはない。もし急な用事があったとしても、お向かいの婆さんに鍵を預けていくはずなのに。
 ゾロは小学生らしからぬ仏頂面の持ち主で、今このときもその表情はさして変わることはなかったのだが、内心では黒い嫌な予感と、ひんやりした不安が渦を巻いていた。
 以前、父ちゃんが言っていた言葉がふとゾロの頭をよぎる。『男は家族を守らなくちゃならねェ。だから俺は母ちゃんと、お前とチビナスを守る。だが俺の腕は2つだからな、3人だとちと危なくなることもあるかもしれねえ。お前はガキだが、母ちゃんとチビナスのことを守れる男になるんだぞ』。
 今は、まさにそのときなのかもしれない――
 玄関の傘立てに置かれた軟式用のバットをゆっくりと取り上げるゾロに、友人3人がごくりと息を呑んだ。
「お前ら、外に出てろ」
「ばっか、お前……小学生だぞおれたち!」
「おれも行くぞ。一宿一飯の恩義だ」
 足をガクガクとさせるウソップと俄然張り切るルフィ、ただローだけは冷静で、
「行くのか?」
「ああ」
「……おれ、外で待ってるから何かあったら叫べ。助けを呼んでくる」
「わかった」
 ローまでぇ、とウソップが情けない声を上げた。
「お前はどうするんだ? ウソップ。このまえすっげえハンバーグ食ってたけど」
 おそらくは悪気のないルフィの言葉に、ウソップは嗚呼、と絶望も露に目を閉じた。確かに、先週ウソップは母ちゃん手製のハンバーグを2つもおかわりしたわけで……
「お、お、おれも行く」
「大丈夫か?」
「うるせえッ。受けた恩義も返せないなんて、男ウソップ、一生の名折れだ!」
「じゃ、決まりだな」
 子供たちは互いに頷きあって、そろそろと一歩目を踏み出し、そろり、そろり。……台所に人影はないが、コンロには肉じゃがの入った鍋が置かれていた。触れば、まだじんわりと温かい。
 3人は無言で視線を交わしリビングのふすまを、そっと開ける――
 が。
「か、か、覚悟しろワルモノっ!」
「ああァ!?」
 リビングに入るなり振り向いた母ちゃんの凶悪面にウソップが断末魔の悲鳴を上げ、慌ててゾロはローのを止めるべく玄関に駆け戻ったのであった。

「……あー、寝てた」
 ちゃぶ台に突っ伏していた身体をゆるゆると起こし、母ちゃんはゴシゴシと目元を擦った。寝起きで青白い頬に風呂上りらしく乾かされていない髪がしっとりと貼り付いている様は、確かにそこはかとなくおぞましげで、ウソップは“それ”の正体が母ちゃんだとわかった今でも、身体を小刻みに震わせている。
「体調悪いんですか」
 思わずローが気遣わしげな声を上げると、うっすらとした微笑と「大丈夫だよ」とかすれた声が返ってきた。
「朝方、急に仕事入ってくれって頼まれてな。今日は忙しくて、ちょっと疲れてたんだ」
 サンジの母ちゃんがアルバイトで入っている店は、朝から夕方までは喫茶店、夜からはラウンジ・バーとして営業している。母ちゃんが仕事に出るのは主に夜の部の調理要員としてで、基本的に喫茶店に出ることは無いのだけれど、時々人手が足らないときなどは駆り出されることもあるのだ。
「あー、おやつ用意してねえや。お前ら、お好み焼き買って来い。小遣いやるから」
「えっと……」
 遠慮しようとしたローを遮り、ルフィがやったァと歓声を上げた。どうもルフィには、主に食欲に関しての慎ましさが足りない。
「じゃあおれ、ついでにチビナス迎えに行ってくる」
「悪いな、頼めるか」
「おれたちも行くぞ」
「そりゃ安心だ。こいつ、未だに道に迷うから」
 よ、と立ち上がった母ちゃんの足元は、いつになくフラフラとおぼつかない。
「あの……」
 気まずげな顔をしているローに気付き、母ちゃんはふ、と笑うとその頭にポンポン、と手を乗せた。「子供が遠慮すんな」、と言う表情は柔らかだ。母ちゃんはルフィやウソップに対しては暴言も吐くし般若のような顔付きもするけれど、新入りのローに対しては案外と優しい。
「夜からも仕事行くのか?」
「まあな。あー、ちょっと母ちゃん、奥で寝てるから……あんまりうるさくすんなよ」
「わかった」
「おれもわかった」
「ほんとかよ」
 フラフラと濡れた髪のまま奥の寝室に向かう足取りが頼りなく、ローは何か声を掛けようとしたのだけれど、うまく言葉にならなかった。

 結局、チビナスを保育園に迎えに行って、ゾロの家からほど近い駄菓子屋でお好み焼きを人数分買い(店主の婆さんは恐ろしい顔をしているが、なんと1枚100円という気前の良さだ)、その後チビナス含む5人は近くの公園で5時まで遊んだ。ゾロもルフィもウソップも、これでいてなかなか気を遣えるのだろうか。
 ただローはやはりどうしてもあの母ちゃんの青白い顔が気がかりで、その日家に帰ってからも上の空だったものだから、我侭な保護者を少し拗ねさせてしまったのだった。



 駅前の古ビルの一角、うらびれた路地に面し、『勝手にしやがれ』というこれまた古ぼけた看板が掛かっている。昼間は『喫茶・軽食』の看板を掲げているが、7時から『ラウンジ・バー』にそれは摩り替わり、時代遅れのカラオケがうっすらと店の外にまで漏れている様は、いかにも場末といった感じだ。
「ごめんね、昼も入ってもらったのに」
「いいですよ、俺体力あるんで。ジーンちゃんまだつわりあるんでしょ?」
「大分安定したけどたまになァ」
 この小さな店が、母ちゃんのアルバイト先だ。経営者はジャンとジーンという名の夫婦で、昼の部の喫茶店は妻のジーンとアルバイトの大学生が1人づつ入り、夜の部のラウンジは5名前後の女の子たちと調理担当の1人をジャンが取り仕切っている。
 基本的に母ちゃんはラウンジでの調理を担当しているのだけれど、今日はジーンの体調が悪く、調理のできる母ちゃんが緊急招集されたというわけだ。
「おはようございまーす」
「おはようバレンタインちゃん、ヒナちゃん」
 出勤してきた女の子たちにさりげなくお冷を出すと、母ちゃんは煙草を1本銜えた。ラウンジというのは要するにクラブとスナックの中間のようなものなのだけれど、『勝手にしやがれ』は食事もとれるというのが売りのひとつだ。そろそろ客の来る時間だから、この1本を吸ったら調理場に戻らなければ。
「いらっしゃいませー」
 入り口のベルがカラカラと鳴って、スーツ姿の客が数人さっそくやって来た。なんとなく煤けた感じの店だけれど、食事がとれることに加え、駅前の好立地ということもあってなかなか流行っているのだ。