【APH】無題ドキュメントⅧ
「いいに決まってるだろ。ここはいずれお前のものになるんだから」
ヘッセンの屋敷を辞し、帰途に着く馬車。子どもは同盟の調印がスムーズに進み、上機嫌な様子のプロイセンを見やった。
「おれの?…それは早計ではないのか?」
「早計じゃないな。…百年待たないうちに実現してやるぜ」
自信過剰に言い放つプロイセンを子どもは見やる。彼がそう言うのだから、そうなるのだろうと思う。オーストリアプロイセンの間を自分が行き来している間にも、この男は水面下で着々と事を運んでいる。
「でもまあ、ちょっと見ないうちに大きくなったな」
不意に伸びて来た手のひらが頭を撫でる。左右に揺れる前髪。
「…大きくなった?」
「前よりは成長してるだろ。お前が俺のところきたときには俺の腰くらいしか身長なかったじゃねぇか」
「…そうか?」
「ああ。でもまあ、急がずでっかくなれよ」
「おれは早く大きくなりたい」
「何でだ?」
「…早く大きくなって、兄さんの役に立てるようになりたい…」
消え入りそうな声で答えて、子どもは俯く。それにプロイセンは目を大きく見開いた。それに、子どもは慌てたように口を開いた。
「お、おこがましいことだと解ってる。兄さんは何でも出来るし、おれなんかが兄さんの役に立つなんて…思ってないけど…」
段々、萎んでいく語尾。プロイセンは再び、俯いてしまった子どもの頬を撫でる。
「何、言ってんだ。馬鹿だなぁ。お前、いるだけで十分、俺の役に立ってるぜ」
「本当か?」
頬を撫でる手のひらに子どもは顔を上げる。大きく青い瞳がプロイセンの赤を伺う。それに、プロイセンは柔らかな微笑を返す。その微笑は教会で祈りを捧げる者を見守り、幼子を抱いたやわらかな聖母の笑みに似ていた。
「本当」
プロイセンは子どもの金糸を梳く。
「お前がいるだけで、毎日が満たされてる。お前に会うまで、俺はこの世界から消えてしまいたかったし、いなくなりたかった。この世界がなくなってしまえばいいと思いながら生きてた。…あいつが死んでから、空っぽだった俺をお前は毎日、色んなもので満たしてくれる。だから、もっと、」
子どもの目に恍惚に滲んだ赤が融ける。
「俺を愛してくれ」
その声は、「満たしてくれ」と恐喝のような危険さと、誘惑に似た媚を含んだものにも聞こえた。ぞくっと感じたことのない何かが、子どもの背中を柔らかく撫でる。
作品名:【APH】無題ドキュメントⅧ 作家名:冬故