For one Reason
Phase5.日常
繰り返される日常。
海砂が仕事に出て行き、松田がついていき、地味な仕事をして、調査を進める。
「暇です」
「資料に目を通せよ!」
相変わらずの蹲りスタイルでつぶやいたLに月は返して、パソコンを打つ。
心臓発作での死亡者――その数は月が監視を受けるまえより、心なしか増えた気がする。
裁き方が、違う。
(僕は・・・僕は、キラじゃない)
だけど、Lの集めた証拠や推理では月も同じ結論に達することしか出来なかった。
(監視カメラに囲まれて、なおかつ犯罪者を殺す・・・出来ないわけじゃない)
監視カメラの映像をLに頼み込んで見せてもらった。自分は問題集を解きながら、ポテトチップスを食べていた。その間に、犯罪者は、死んだ。
(僕は・・・食べながら勉強をしない・・・)
よほどお腹がすいているか、集中しなくてもいい科目ならともかく、月がといていたのは数学だ。それも、センターのものではなく二次対策。
万全の自信はあったが、試験を控える身として、食べながら勉強をするわけがない。なのにあの時はなぜか、食べようと思った。
(あの袋の中に、小型のテレビを仕込んでおく。そうすれば犯罪者の情報が手に入る・・・)
ただ、どうやって殺すのかはわからない。
念じれば死ぬのだろうか――今の自分でも殺せる?
「月君、どうかしましたか」
「いや、なんでもない」
平然と答えたはずだったのに、となりからにゅっと顔が出てくる。
仕事しろと返す前に、前髪を持ち上げられて額を押し当てられた。
「ちょ、竜崎」
「熱があります」
「ないって!」
「あります」
勝手に断言されて、Lの手が月の背中に回される。
相手が何をしようとしているか気がついたが、月は苦笑するにとどめた。
「むっ、む」
「無理だよ、僕は竜崎よりだいぶ重い」
「・・・腕力が負けてるつもりはないのですが」
残念そうな顔をしたLに笑って、月は自分の足で立ち上がる。先日熱を出したLを抱えて連れて行ったのがよほど気に入らなかったらしい。
「竜崎は軽すぎるよ、ちゃんと食べ・・・てはいるか」
甘味ばかりではなく、一応普通の食事もとっているらしいから、特に食べていないとかそういうことはないのだろう。
「月君は・・・」
「ん?」
振り向いた先に、爪を噛んでいるLの顔があった。あまりに間近すぎて、一瞬ぎょっとする。
「な、なんだい」
「月君、なに考えていたんですか」
「いや、なにも――」
何もということはないか。
ばかばかしい自分の返答に呆れる。
「まあ、たいしたことじゃない」
「教えてください」
「・・・」
おいてあるコーヒーを歩いて取りに行き、一口飲んで月はもう一度言った。
なんでもない、と。
だがもちろんLは納得せず、食い下がる。
「月君、どうしても言いたくないというなら」
「なら?」
声を潜めて、Lは月の耳元にささやいた。
「キスしますよ」
「ブッ」
お約束にコーヒーを噴出した月は、口元を流れるそれをぬぐって、半ば反射的にとりうる距離の限界の距離をとる。そして今のLの言葉に動揺していたせいで彼は気がつくことがなかったのだが、最近入り浸りになっている(いつ寝てるんだ?と局長が心配するほど)真紀は、さりげなくデジタルカメラとレコーダーをを手の中で用意した。
「いきなり何を言い出すんだ!」
「私は本気です」
「いや、本気だと余計たちが悪いから」
じりじりと月は壁際に追い込まれる。
残念ながら現在本部には真紀しかおらず、彼女がこういう状況で助けてくれないことはなんとなくわかっていた。
「りゅ、竜崎」
「はい」
「・・・あとで、二人のときに話すから」
とりあえずこの場を乗り切るためにそういうと、わかりましたと案外あっさりと彼は引いた。
(た、たすかった・・・)
ホッと胸をなでおろした月に、背を向けていたLはぐいと振り返りずずいと顔を鼻があたるほどの距離に寄せる。
「なっ――なん、だ」
「月君」
「なんだよ!」
「じゃあ約束のキスをしてください」
ブフッと誰かが噴出す音がした、というか真紀に決まっているのだが。
ここに父がいなくて良かったと心底思いながら、月はよってくるLの肩を掴んで引き離す。
「竜崎・・・頼むから、そういう冗談は」
「冗談ではありません」
光のない黒目がちな目に覗き込まれる。
身長は同じぐらいだから、いつも猫背のLは自然と月の顔を覗き込むこととなる。
「それとも私が信用できませんか」
(出来るか!)
真っ当な突っ込みをしようと息を吸い込んだ月だったが、小首かしげて聞いてくるLの顔にウッと詰まる。
信用はしている。
だけどそれとこれとは別問題と思う。
ましてや、僕は断っているのにそんな行為を要求してくれる人間を全面的に信用することは難しいと思う。
(よし、論法完璧!)
「竜崎、僕は君を信用はしている」
「では」
「だけどそれとこれとは違うし、ましてや僕は断っているのにそんな行為を要求してくる人間を、全面的に信用するのはむずか」
平常心を保ちつつ、訴えていた月の唇にLは自分の指を当てて制した。
「月君」
「・・・」
「キス、頬にでもダメですか?」
(だーかーらぁ〜っ!)
彼はまったく人のいうことを聞かない人種だと最近ようやく悟りだした月は、これ以上の問答はまったくの無用であることもわかってしまう。
こういうときは自分の頭脳が恨めしい。
「わかった――わかった」
「後で話してくださるんですね」
「話す、話すよ――約束だ」
根負けしたらしき月は軽く身をかがめると、触れるだけのキスをLの青白い頬にする。
目を細めてうれしそうにソレを享受したLは、彼の顔が離れると残念そうに眉を寄せた。
「もっとぎゅーとかしてもいいんですよ月君」
「しない!」
きっぱりと言い捨てて、月は仕事に戻ってしまった。
「月君が冷たい・・・」
めそめそと床に蹲り嘆いた世界の探偵(だったはず)のLを見下ろして、真紀は呆れたと冷徹な言葉を浴びせた。
なお、現在月が一人で入浴中である。(今日の彼は断固Lと共に入浴することを拒否し、ワタリがいたしかたなくLを説得)
「あんたねえ、もうちょっと時と場合と言葉を考えてアタックしなさいよ?」
見てて軽犯罪者スレスレよ、と言われてLの顔がさらに暗くなる。
「・・・好きと言っても、何も言ってくれないから・・・」
「そりゃあんたみたいな男に好きって言われて、手放しで喜ぶ月は私も見たくないわねぇ」
グサリ。
真紀の言葉がLの心に突き刺さる。
「じゃあどうしたらっ」
「自分で考えなさいよ!」
月をオとしたいのは私じゃなくて竜崎でしょうが! と叱責されLはべそべそと床にのの字を描き出す。何でそんなこと知ってるんだお前。
「わからないんです・・・何をしたら月君が喜んでくれるのか・・・」
「竜崎、あんたなんだっけ」
「はい?」
どっかの無能なおっさん? と見下ろされてLは違います! とキッと顔を上げた。
「私はLです。世界の探偵、L」
「そ。好きな相手を落とせないで何が世界最高の頭脳?」
「・・・」
作品名:For one Reason 作家名:亜沙木