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For one Reason

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Phase9.策謀



 起き上がった月は自分の顔からタオルがずり落ちたのを見て、首をかしげる。
 こんなものを乗せて寝た覚えはないのだけれど。
「月君、大丈夫ですか?」
 隣からかけられた声にその覗き込んできた顔に、息を鋭く飲み込んで月は思わず彼の肩を掴んだ。
「りゅう・・・ざき?」
「はい」
 きょとんと返した顔は、いつもどおりだった。
 青ざめてはいなかった。
 血の通った頬だった。
「・・・・・・ああ」
 小さく息を漏らして、月はばすっとベッドに逆戻りする。彼らしくない行動にLは不思議そうに見下ろした。
「泣いていたので、心配しました」
「悪い夢だったんだ」
 軽く返して微笑んだ月の髪に触れて、Lは悪い夢ですか、と繰り返した。触れてくる手は暖かくて、月は改めて安堵した。
 彼は生きている。
「悪い夢は人に話すと良いと聞きました」
「悪夢が他人に移るだけだよ」
「それでも良いですよ、月君が泣いているのを見て、驚きました」
 目を伏せて悲しげな顔をしたLに、月は苦笑する。だがあの夢を彼に話すのはためらわれた。脈絡も何もない、今となって思えばどうせ予知夢ならどういう状況でLが殺されてしまったかを教えてくれれば良いものを。
 キラが誰だったのかわかればよかったのに。
「まあ、気が向いたら」
 微笑んで言って、ふと時計に目をやればすでに時間は昼間に近い。
 あわてて起き上がろうとした月を制して、Lはごろんと彼の横に横たわる。
「今日は一日お休みです」
「・・・勝手だな・・・」
「いいんです、後で海砂さんを呼んでケーキを食べましょう」
「わかったわかった」
 正直寝たりなかった月は、おとなしく横たわると目を閉じた。
 部屋の明かりはついていたから、目を閉じていても視界がさらに陰ったのがわかる。
「竜崎・・・」
 薄目を開けると、彼の顔が間近にあって、月は眉をひそめた。
「何してるんだ」
「月君におやすみのキスをしようと思いまして」
「・・・・・・いらないよ」
 またふざけたことを、といわんばかりの月の頬に触れて、Lは笑った。無邪気な顔で。
「私が安心したいんです。おやすみなさい、月君」
 触れるだけの額へのキスは、ただ優しかった。


 ヨツバ。
 それに注目したのは真紀だった。
 株の上がり方と不審な死。データーを根気良く洗っていた甲斐があったというものだ。
「すぐに竜崎に連絡を」
「もう少し調べてからにしましょう、夜神さん。それに彼は今、忙しいですから」
 微笑して真紀に言われ、局長はキラ事件を差し置いて何に忙しいんだと突っ込み損ねた。
 朝だっていきなり「今日は調査しません」とか連絡してきたし。
「いや・・・まあ、そうかもしれないが」
「平気です、なんなら局長だって休暇をとられてもいいんですよ。久しぶりに奥様とお嬢さんと旅行にでも行かれては?」
「な、何を言って」
 呆然とした夜神を尻目に、真紀はかちかちとマウスを動かしキーボードを打ち、返す手でワタリへと連絡を取った。
「皆様」
「ワタリ」
 部屋に無音で入ってきたワタリは、スーツのポケットからすっと数枚の紙を差し出した。それを受け取らざるを獲なくなった夜神は書いてある文章を読んでうめいた。
「休暇ついでにどうぞ。ここは私と竜崎と月君で十分、でしょ♪」
 それは、進展のない捜査にじれたアメリカ合衆国からの手紙だった。大統領が直に会いたがっていると示されたそれを無視するのは、Lには可能でも他の人物では到底出来ない。ご丁寧なことに「Lが忙しければ代理でもよい」とあったので、夜神たちが行っても一向に問題はない。
 むしろここでの立場を考えると、夜神が最適と言える。
「し、しかし・・・」
「ではよろしく。明後日のファーストクラスの予約を取りました。今すぐ帰って支度を頼みます。茂木さんと相沢さんもご家族との休暇をどうぞ。松田さんは残念ながらマネージャー業があるのでダメですが」
 さくさくっと話を片付けた真紀は、いきなり立ち上がるとカツカツと足音を響かせて出て行ってしまう。唖然として彼女を見送っていた男たちだったが、ワタリの穏やかな仕草に我を取り戻した。
「では、よろしくお願いします」
「・・・あ、ああ・・・」
 素直に頷くしかない夜神にワタリはもう一度頭を下げて去っていく。
「なんなんだいったい・・・」
 つぶやいた彼の言葉はまったく偽る本音だったのだが、生憎その場にいたのは真紀だけであり。そして彼女はいっそ気持ち良いほどに彼の嘆きを無視してくれた。
 毎回のことなのだが、まだ慣れない夜神は救いを求めるつもりでちらりと真紀を見る。しかし彼女は涼しい顔でタイプをしていた。
「・・遠藤君」
「捜査はガッチリ進展させておきますからご心配なさらないでくださいね♪」
「・・・あの、だね」
「局長、早く奥様に知らせないと間に合いませんよ☆ あと拳銃は持ち込めないので捜査本部においてってくださいね」
「・・・・・・そうだな」
 人の話をまったく聞いていない言葉の連続に、夜神はがっくりと肩を落として彼女の言葉に従った。
 従うしかなかったわけで。
「――うし」
 出て行った夜神を見送って、真紀は小さくガッツポーズをとった。
 これで最後の障害は消えた。
 良心とも言う。


 海砂がひとしきり騒いで仕事に出て行った後、Lは彼女が残していったケーキにフォークを突き刺す。
「・・・竜崎、人の食べかけまで食べるなよ」
 みっともない、とため息をついた月が手錠のはまる手を引っ張ってとめると、ばすっとソファーにもどってフォークをくわえてすねた顔をする。
「どうしてですか」
「どうしてって、新しいのを頼めば良いだろう」
「新しいのも頼みます。これも食べます」
「・・・だから」
 頭を抱えた月の顔を無理やり下から割り込む形で見上げたLだが、その格好にかなりの無理があったのか、Lは割り込むのをやめてそのままこてんと上半身を倒す。
 つまるところ、月の膝の上に頭を乗せたのだ。
「ちょっ、竜崎」
「月君、ケーキは残すともったいないのです」
「いや、僕が今言いたいのはそういうことじゃなくて」
 膝から押しやろうとしていた月の手を、Lは掴む。
「月君」
「何だ、早く降り」
「もう少しこうしてていいですか。眠いです」
「・・・・・・僕に付き合って二度寝して散々寝たんじゃ・・・」
 突っ込んだがそんなものを聞く耳を持つLではもともとない。
 ごろんと横になって、月を見上げてにこりと笑った。
「月君の膝は気持ち良いです」
「・・・・・・・」
 ずっしりと重いLの頭が膝の上にある状況に、月は動けない。いや、動こうと思えばたぶん動けるのだが、動く気になれない・・・というか、なんとも動けないというか。
 眠たいとかほざいたくせに、目を閉じないLを見下ろしてため息をついた。
「寝たいんじゃないのか」
「こうやって見上げる月君は格別です」
「・・・ふざけてないで、寝るなら寝ろよ」
 寝せてくれるんですか? と聞かれて眉をひそめる。あくまで月に言わせるつもりらしいこの男の態度にはいつものごとく腹がたつ。だがその怒りを持ち前の理性で押し殺して、月は微笑もうとした。
 むに。
作品名:For one Reason 作家名:亜沙木