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For one Reason

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Phase10.自殺



 ガクッと自分の首が落ちて、月は覚醒した。
 いつの間にか寝入ってしまったのか、少し痛む首を押さえて眉をしかめる。
「何時・・・と、そう寝てないか」
 せいぜい三十分がいいところだろう。午前中に散々寝たのに午後まで寝倒すような無様な行動をしなかったことにわずかに安堵して、それから膝の上の違和感に気がついた。
「あ、そうか」
 膝を借りたまま寝入っているLの顔を見下ろして、小さく笑った。
 目を閉じて寝ている彼の素顔は、自分と同じぐらいに見える。だが、ここしばらくの共同生活で月はLが自分よりやや――あるいはかなり、年上であろう事にうすうす気がついていた。
 甘いものが大好きで、子供みたいにわがままで気分やで、それでいてひどく頭の切れる男。
 だがLの言動の端々に、まるで月を守るような意思が見え隠れしていた。ただ彼が月のことを好いていると――本人申告をあてにした場合だが――仮定しても、月を見るLの眼差しは時々ひどく穏やかだった。
 それが。
(気に入らないな)
 庇護される子供のように思う。だから彼が膝に乗ってきてここで寝ると甘えられたときは少しうれしかったのだけど。
(甘え・・・嬉し・・・)
 心境を反芻してから、ずいぶんと危険な思考になっていることに気がつく。
 そういえばここ最近、悩んでいるというともっぱら彼のことばかりではないか。
(竜崎、お前はさ)
 何を欲しているのだろうか。まさか本気で月に言い寄っているわけでもないだろうと今まで思っていたのだが。
 名誉? 自己満足?
 ――それとも、キラ?
『私は彼に興味を持ちました、この手で捕らえたいと思ったのは――一度、話してみたいと思ったからでもあります』
 そう言われたのは月ではなかった、キラだった。Lはキラが月であればいいとか言っていたが、つまりLが欲しかったのはキラなのだろう。今の月のようにこれほどそばに、手錠でつながっているほど近くに。
 今だってLは調査を進めている。きっと彼は、いつかキラに到達するのだろう。
 そして、それから・・・それから?
 キラがつかまれば――キラ事件が収束したとみなされれば、自然と月の居場所はなくなる。
 捜査本部も解体される。
 月は――大学に戻る。
 退屈な日常に。
(・・・退屈な日常?)
 つぶやきかけて自分の思考を探った。わずかな一本の糸をまさぐる。
 退屈。退屈。
 それはキーワードだった。
 何か大事なことを忘れていないか。
 何か――・・・
「っ、あ」
 プツリ、と糸が切れた。唐突に、何を考えていたかすらわからなくなる。否、退屈という言葉は確かに月は高校時代に何度も感じていた。それは大学生になっても変わらなくて、ただ・・・
 記憶に穴はない。
 忘れている事だって、ない。
 だけど。
「竜崎、聞いてくれ・・・」
 寝ている相手に語りかけた。
「僕は、キラかもしれないんだ」
 そう言った自分に思わず笑ってしまう。この度に及んで、何を言っているのか。
「違うな。僕は、キラなんだ」
 何度も考えた。Lと真紀に上手く煙に巻かれてしまったけれど、それは月の思考を去ってなど行かなかった。可能性は全部つぶした、Lの集めた状況証拠に海砂の分の確実な証拠、彼女と月の奇妙な行動、関係、犯罪者と関係者の、死。
「僕はキラだから」
 それも、Lが追っていた一番最初のキラ。
 大勢の犯罪者に、FBIを殺し、捜査員にまでその手を伸ばしていた、キラ。
 海砂が扮した(と思われる)第二のキラへのメッセージをLの依頼で作ったのは月だったが、月の推理が正しければあの時月はまだ、キラだった。
 今の月が、あのような文章を作るとは思えない。
「ねえ、竜崎・・・お前は絶対、僕を捕まえないだろう?」
 微笑んで月は竜崎の髪を梳く。
 彼の透明な目は、Lを見ているようで何も映していなかった。
「捕まえないでくれ、そうすれば――」
 わがまますぎる自分の言い草に腹がたつ。
 こんな人間じゃなかった、もっと自分は強かった。優しくしてくれる人には優しくできた、大事にしてくれる人を大事に出来た。
 今、月を振り回しているのはとても幼稚な幼稚すぎる感情だ。
「・・・ごめん、僕が」
 もうキラじゃなくて。
「僕が、キラなら。竜崎はきっと、喜んだのに」
 きっとキラである自分も喜んだに違いない。お互いの知力と精神力の極みまで削って戦うその敵同士だからこそ可能な事。
「・・・・・・でも僕はもう、キラじゃなくて」
 キラだったら。
 Lと対等に動けたのだろうか。
 Lは月を、同じ高さの相手としてみてくれたのだろうか。
 庇護する相手ではなく。
「キラのままだったら、良かったのに」
 Lの死を見て泣く事もなかった。
 こんな風に、過去の自分をうらやむこともしなくて良かった。
 正面から、堂々とLと向き合って彼の関心と興味を全部独占して。あれだけ熱心に、こんなビルまで建てるほど熱心に追ってくれていた。
「バカだな、僕は」
 月がキラではなくなったのは、月の自由意志かどうかは判明しない。だが十中八九、月の自由意志であることは状況的に明らかだ。
 打開策だった。キラをやめることで、Lの手から逃げる。追求から、罪から。
(・・・違うか)
 自分はそうは考えないだろう。真実、罪のない人のための平和な世界を作ることが目標だったら罪から逃れようと思うはずがない。
(・・・・・・そう、か)
 月はキラであることをやめた。そしてLのところに記憶を犠牲にして、潜入した。いつか、どこかで、月はキラに戻るだろう。
 そしてLを殺す――これはそのための布石。
「・・・竜崎・・・」
 声が震える。
 今の自分は、キラの傀儡だ。
 こうやって、Lが月に心を許していくたびにキラは笑っているのだ。
「どうすれば、いいんだ」
 キラでありたいと思う。
 だけどキラの自分が、どこまでLを生かそうと思うかわからない。普通に考えて、Lはキラの最大の敵なのだ。さっさと葬られるに決まっている。
 おそらく、海砂は顔だけで人が殺せるキラだ。
 もし、彼女もいつかキラに戻るのだとしたら・・・あるいはすでに戻っているのだとしたら。今、捜査本部にいる彼女はいつでもLと顔を合わせることが出来ているのだから・・・
「全部・・・僕の、策、なのか」
 綿密にくみ上げられた策。ここまで考えてあるとすれば、今の月がキラの思考に気がつく事だって考えてあるに違いない。
 だとすれば、どう今の月があがいても、キラの思惑通りになるような仕掛けがしてあるのだろう。
 それは――それは、なんだ!?
「いつ、なんだ」
 タイムリミットは、いつなんだ、キラ。
「僕は――」
 それを止めるために何が出来る。


 起き上がったLは、寝る前の記憶を反芻して違和感に気がついた。
 確か月の膝をガッチリ占領して寝てたはず。なのにどうして今はただのクッションにそれが変わっているのだろうか。
 それほど長いこと寝たのかと部屋の時計を見たが、時刻としては一時間ほどだ。やはりゆっくり夜に寝たので体は睡眠を欲していなかったらしい。
「月君っ!?」
 完全に意識が覚醒する。
 どうして――つけていた手錠の片方に、彼の手はなかった。
「月君!」
作品名:For one Reason 作家名:亜沙木