For one Reason
Phase11.告白
「月君っ!!」
部屋に駆け入ったLはまさに引き金を引かんとしていた月に絶叫する。
「やめてください、月君!!」
「・・・竜崎」
微笑んだ月は透き通る綺麗さだった。
あまりにもろくはかないその姿に、Lは小さく首を振りながら歩み寄る。
「やめてください、月君。どうして」
「僕はキラだから」
銃口をずらさないまま、月は静かに語る。
覚悟を決めた彼の姿に、真紀は数歩下がって扉の影で見守った。
「僕はキラから竜崎を守りたい。だから」
「やめてください、どうして月君が死んで、守れると」
「僕はキラなんだよ、竜崎。僕がキラになったら、竜崎はきっと死んでしまう」
わかるだろう、と微笑んで月は一度緩んだ指に力をこめる。
「やめるんだッ!!」
叫んだLは残りわずかな距離を飛んで月の体を抱きしめる。
「やめてください・・・お願いです・・・」
「竜崎・・・泣いてる」
「泣きますよ、月君も私が死んだら泣いてくれたじゃないですか。私だって、泣きますよ・・・」
やめてください、やめてください。
繰り返してLは月にすがる。
「月君がいなくなったら、私は光をなくします」
「・・・竜崎、僕は」
「お願いです。今、月君に死なれるぐらいなら私はキラにおとなしく殺され」
「言うな!」
抱擁を振りほどき、月は改めて銃口を自分の頭に押し当てる。呆然としたLに、こちらへこないでくれと小さな声でつぶやいた。
「わかってくれ、竜崎。僕は、君を殺したくなんかない」
「私だって、助かるために月君を犠牲になんか」
「・・・竜崎、否、L。世界のLとただの大学生。重要度は考えるまでもないだろう」
お前ならわかるだろう、と言われてLは首を振る。まるで駄々っ子のように、ぶんぶんと何度も振った。
それは全力の拒否。
だが、それにすら月は微笑む。
「竜崎」
「いや、です。月君」
「――殺したくないんだ。竜崎には、生きて欲しい」
「私だって月君に生きていて欲しいです!」
水掛け論になりそうな状態に、月は嘆息する。このまま引き金を引けば堂々巡りからは解消されるのだが、覚悟を決めた今でも彼の姿を見ると心が揺れた。
どうしてここに来たんだ。
お前に言わなきゃいけないことは、もう全部パソコンで文にしてあるのに。
「竜崎」
――ああ、そういえば、一つだけ書いていなかったか。
「いやです、月君」
それをお前に言う機会だと思えばいい。
「・・・僕は」
神様が最後にくれたチャンスだと思えばいい。
「僕は、お前のことが好きだよ」
「っ!」
待ち望んでいたはずの言葉だった。それをもらえるためなら何でもしようと思った。
だがそれがこんな状態で発せられる言葉だなんて。
思っても、いなかった。
パァン
ためらいなく月は己の頭を打ち抜いた。
銃口は確かに彼の米神から、ずれることすらなく。
弾丸は確実に彼の脳を通過し、その意識を打ち砕き彼に速やかな死を。
もたらす、はずだった。
「・・・どう、して」
つぶやいた月の手から拳銃が滑り落ちる。
ふらついた彼を、我に返ったLがそっと抱きしめた。
「月君」
「どう、して・・・竜崎、お前じゃ、ないな・・・」
入っていたのは、空砲。
二発目も空砲なら、残りもそうに決まっている。
「真紀さん、か」
「月君・・・」
「・・・・・・竜崎、僕を監禁してくれ、今すぐ、ずっと――」
腕の中でつぶやく月が震えているのがわかって、Lはいいえと答えると強く彼を抱きしめる。
「大丈夫です、月君はキラじゃない」
「僕はいつかキラになる!!」
「――殺されません」
必ず。
私のために自らの死を選んでくれたあなたのために。
「勝ちます。月君のために」
「だから、その僕がキラになると言ってるのに」
わかんないのか、と苦笑して月はLの腕の中からするっと抜け出してしまう。後を追うように伸ばされたLの手をとって、笑った。
とても綺麗な顔で、笑った。
「竜崎は、僕のことが好きなんだね」
「何度も言ってるじゃないですか」
「――うん、実は今の今まで疑っていた」
ひどいです! と愕然とする竜崎に今度こそ声をたてて笑う。
「あんなこと、臆面もなく言われたらそう思う」
「月君だって今言いました」
唇を尖らせたLの手を握ったまま、月は彼を引き寄せる。
「そうだね。とりあえず・・・」
「何ですか」
近づくと月の体からいい匂いがして、うっとりとそれを味わいながらLは彼の言葉にわずかな険が混じったのに気がつかない。
「・・・身長、いくつだお前」
ぼそっとつぶやかれた質問に、Lはきょとんとして答えた。
「日本風に言うと179cmです」
「・・・・・・・・・同じじゃないか」
まあいいか、と一人ごちて月はLの体を抱き寄せ優しく首を抱いた。
「――僕はキラを復活させないようにする」
銃声が響いたとき。
Lの顔に浮かんだ、あの表情が目に焼きついて離れなかった。
「竜崎は、僕に殺されないようにしてくれ」
今、月が死んだら、Lは死ぬ。
あの刹那の瞬間にそう確信した。
「約束だ、竜崎」
今のキラを捕まえる。
キラだった自分の計画を阻止する。
「約束してくれ」
「はい、します」
一人なら無理だと思う。だけど、二人なら。
精神的に疲れてはいたが、お互い何かせずにはいられなかったので仕事場所に戻ってくる。
一つだけついているモニターを覗いたLをあわてて押しのけて、月はデータ消去を始める。
「・・・月君」
「悪かった、もう自殺なんかしないから」
遺書代わりにするつもりだった文面を急いで立ったまま消していると、後ろからぎゅっと抱きつかれる。くすぐったい感触に肩を震わせて振り向こうとした。
「竜崎」
「どうして、書いてなかったんですか」
「何を?」
首をかしげた月に、Lは唇を尖らせる。彼の背後だったからわからなかっただろうけど。
「私を好きだって、書いてません」
「・・・証拠品とかにされるかもしれないのに、書けないよそれは」
「じゃあ止めに入らなかったら、言わないで死ぬつもりだったんですか!」
そうなるかなあ、と軽く言いながら遺書めいた文章を全消去した月の胴を、内臓が出そうなぐらい強く抱きしめる。というか、技をかける。
「ぐっ・・・りゅう、ざき。これはもはやプロレスの・・・」
「月君はずるいです」
「わ、かったごめん、って」
「嫌です。言うまで話しません」
「何を」
胴を抑える力を少し緩めて、Lは猫背を伸ばすと月の耳にささやいた。
「愛してるって言ってください」
「・・・」
後ろを睨んだ月の鋭い眼光には怒りがあった気がしたが、気にせずLは胴絞めを続行する。
これぐらいしてもらわないと割に合わない。
本当に、あの瞬間は世界が壊れた音がした。
「月君、愛してます」
本当に、他に言葉を作ってしまいたいぐらい、愛してる。
もっとふさわしい綺麗で情熱的で素晴らしい言葉があると思う。月に愛を語るのに、凡百が使う「愛している」なんて使いたくない。
「・・・・・・僕もだよ、たぶん」
苦笑なのかそれとも純粋に苦痛の声なのか。
ため息と共にそう言った月にLは手を緩める。
「一回は一回、だったよな?」
作品名:For one Reason 作家名:亜沙木