For one Reason
Phase3.契機
監禁生活が、一週間になった。
モニターの前で、真紀はつまらなそうに監視をしている。
「遠藤さん、退屈そうですね」
「退屈ですよ松田サン」
投げやりに返して、それでも真紀の頭はカッチリと回っていた。
ここ一週間、キラの裁きはぴたりとやんだ。真紀は月に計画の大枠を教えてもらっている。代わりに真紀はノートの所有権を月へ移した。だがその所有権は――リュークのものと共に、彼は放棄することとなる。
今、真紀の目には月と――リュークにドットの姿が見えている。
ちぎったノートの切れ端に、所有権放棄の後に触れたからだ。
通常、デスノートの所有権を放棄すれば、それにかかわった記憶はすべて消える。
――しかし。
「所有権を放棄したら、真紀まですべて忘れるじゃないか」
渡されたノートを検分していた月がいぶかしげな目で見やった。
「問題ないわ、私は一度も名前を書いて人を殺していないのよ」
「・・・言っている意味がわからない」
眉をしかめた月に真紀は声高く笑う。
ルールを知っているのは、これほどに有利だ。
「そういうことよ。この切り取った一ページを持っておくだけでドットを見続けることも出来る」
手帳にはさんでおいた切り取った一枚をぴらりと見せる。月は唇を固く結んだ。
コレは月にとっても後がない賭けだ。真紀の言葉を信じればそれは彼に大きな協力者がいることになる。だが、もしこれがLの罠だったら? そう思っているのだろう。
真紀は微笑んで、最期の一押しをした。
「夜神月、私は貴方をいつでも殺せた」
「・・・」
「でもそうしなかった。なぜかしら? キラに成り代わるのはたやすい。貴方が死んでも、私は絶対に疑われない」
真紀が死ねば月は即座に疑われる。彼女の顔と本名を知っていて、彼女がキラ事件に捜査協力しているのを知るのは、共に捜査している人間だけだ。
「Lに貴方を捕まえてもらうのも本来は容易いわ。私のノートを、彼に見せればいいんだもの」
「・・・」
追い詰められた月は、深くため息をついた。
「――わかった、信用する」
「じゃあ最後にお願い」
「なんだ」
「月のノートを一切れ、頂戴。リュークを見ていたいの」
「・・・・・・わかった」
自分のノートを手に取り、月はそれを切って真紀に渡す。空中に出現したリュークに、真紀は微笑んだ。
「はじめましてリューク、思ってたよりかっこいいのね」
『どうも。あんた、面白いな』
「ありがと」
それじゃあ月、と促されて月は頷いた。
「レム、これを」
差し伸べられたのは、一冊の、ノート。
「このノートの所有権を、放棄する」
唱えられたそれはまるで呪文のように。
『そんなプライドは――捨てる!』
キーワードが響く。
真紀は飲みかけだったコーヒーを置いて、モニターの前に駆け寄った。
そこには。
『僕はキラじゃない! これは何かの罠だ! この目を見てくれ、これが、嘘をついている人間の目か!!』
必死に無実を訴える月の姿があった。
「・・・・・・真紀さん、これはどういうことですか」
静かに問うたLの目に、真紀は暗い絶望を見る。
懸命に追っていたものが、目的のものではなかった。
キラを捕らえたと高揚していた気分が、急降下したようだった。
「さあ、どういうことかしら、ね」
意味深に微笑んでおいて、真紀はモニターの向こうで必死に叫ぶ月を見続ける。
――彼は。
(サテ、どうしようかしら)
このままのほうがいいのではないかと、思ってしまった。
月が開放されてから五日がたった。
真紀は海砂の世話役をまかされて(男所帯だから)松田はミサミサのマネージャーとなった。新体制で始動しようとしている、夜神月の読み通り。
ワタリの淹れてくれた美味しいコーヒーを飲みながら、真紀は書類を整理する振りをしつつ、こっそり自分の斜め前に座って作業をしている彼らを見ていた。
「おい竜崎」
「・・・何でしょう」
「何でしょうじゃない、さっきからずっと食べて僕の整理したデーターに目を通してるのか?」
金平糖を一つずつ口に押し込んでいたLは、月の言葉に首をかしげる。Lにとって「食べる」は他の作業と平衡して出来るもので、特にお菓子を食べながら作業は当然だ。一方月はその真面目さからか、何かをしながら別のことをすることがほとんどない。
その彼にとってながら食いのLの態度は気になるのだろう。このやり取りも初めてではなかった。
「・・・通してます」
「お前・・・僕がキラじゃなかったからって、そんな投げやりな態度で調査するな」
「・・・」
口に入れた金平糖を転がしながら、Lはパソコンのスクリーンを凝視する――振りをする。それが振りなのはさすがに少々いらついていた月も気がついたらしく、椅子を立って歩いてくると無言ですっと手を上げる。
またも乱闘か、と先日の二人を思い出した周囲が青ざめる中、月はLの整えられていない黒髪を、わしわしと撫で回した。
「ら、月君・・・?」
理解不能な彼の行動に戸惑ったLに、月はにっこり笑う。
「竜崎」
「は、はい」
「昼寝しようか」
「え?」
Lの手から金平糖が落ちるが、月はそれを拾って机の上に乗せる。無意識にそれに手を伸ばそうとする彼の手の甲を軽く叩いて、手錠でつながっているほうの手を掴んで引っ張る。
「体調悪いだろう」
「え」
「返事が返ってくるのが遅いし、目の下の隈はいつもの気がしたけどいつもより濃いし、胃にもたれそうなクリームやドーナッツを一切口にしてないし」
指摘されて、初めて周りはそういえばと思い出す。朝から竜崎はオレンジジュースを飲んで、その後はずっと金平糖をぽりぽりやっていただけだ。
「熱は?」
重たい前髪を上げて、月はこつんと額をあわせる。近すぎて相手の表情は見えないが、伝わってくる熱がたいそう高いのはわかった。
「やっぱり熱がある。ワタリさん」
『はい』
インターホンに呼びかけると、ワタリの声が即座に返ってきた。
「竜崎が風邪です。部屋に運んで寝せますので何か温かいものを」
『かしこまりました』
「月君・・・私は平気、です」
「どこがだ。皆さんすみません、寝かせてきます」
「あ、ああ。よろしくな月」
夜神局長に頷いて、月はLの手を引っ張る。
「ほら、立て竜崎」
「平気です」
がんとして言うことを聞かない竜崎に、月ははぁ〜あとため息をつく。
「竜崎」
「へいきで、す、うわっ」
思いっきり引っ張られて、Lは前のめりになりつつ倒れこむ。そこに両手を差し入れて、月はLを抱き上げた。
「ちょ、っと月君!」
上ずったLの声に、真紀は無言で手元にあったデジタルカメラのシャッターを切る。その顔は真顔だったが、内心はガッツポーズでもとっていたかもしれない。
月にはおそらく何の含みもないのだろうし、確かに椅子に蹲ったまま動かない人間を動かすにはこれが一番よかったんだろう。正面から抱っこというのはさすがに身長的に問題がある。
だからといって、横抱き、俗に言うお姫様抱っこはどうかと思わないでもない。
「お、おろしてください!」
「どうして? おろすと竜崎、寝ないだろう」
「寝ますから!」
作品名:For one Reason 作家名:亜沙木