For one Reason
Phase4.葛藤
――・・・くん、月、君。
何度も呼びかけられて、月は目を開ける。
顔をこすろうとした手がじゃりと鳴って、そういえば手錠がついているのだと思い出した。
「なんだ、竜崎・・・」
「話があるんです」
「・・・僕は眠いんだ。眠気覚ましになるのか」
たぶん、とつぶやいてLはひざを抱えて座る。月は仕方なしに上半身だけ何とか起こした。横になったままだと睡魔に引きずられそうだったからだ。
無言で月は彼の言葉を待った。
「月君は・・・今は、月君で、キラではないみたいだ」
「――まだ言うのか、僕は」
「キラでは、ないんですか」
「ない」
不愉快さに任せて苛立った声で断言した月を、Lはちらりと長い前髪の後ろから伺うように見やる。
「・・・私はキラを憎んでいる。しかし、同時にライバルとして認めていたのかもしれません・・・初めてだったので、そういう相手は。だから、月君がキラであって欲しいと」
「何なんだいったい!」
意識せず、月の手がLの胸倉をつかんでいた。
二人をつないだ鎖がゆれる。
「ふざけるなよ、人を拘束監禁しておいて、まだ過ちを認めないのか!」
「――そういうのじゃないんです・・・」
力のない声で反論されて、月は眉をひそめる。
Lらしくない。
「たとえば、もし、月君がキラである可能性が0%でも、私は月君をキラだと思うでしょう」
「・・・お前、言ってることがおかしいぞ。眠いんじゃないのか」
「正常です、眠気は・・・ありません」
そういうと頭をひざの間に入れてしまったLに、さすがに月は尋常ではないことに気がつく。
そもそも彼がこんなことを他人に言うのがおかしいし、その相手がキラ疑惑濃厚な月であることがさらにおかしい。
「もう寝よう、竜崎」
「――月君が、キラだったら」
「竜崎」
強い口調でたしなめられて、Lは顔を上げる。
まっすぐにこちらを見てくる月の目と視線が合ってしまった。
モニターの向こうからでも、突き抜けてきそうな綺麗な瞳。
――彼が人殺しだなんて、ありえない。
――・・・いや、あまりに純粋すぎて、逆に犯罪を起こしてしまったのかもしれない。
「そうだ・・・私は、月君をライバルに欲しかったんです」
「ライバル?」
おかしなことを言う。
世界に名の通った探偵なのに。
警察機構を鶴の一声で動かせる男が、ただの大学生を、ライバル?
「僕ではつりあわないと思うけど」
「そんなことはないです!」
いきなり語調を強めたLに月は驚いた。
こんな風に感情をあらわにするのは、めずらしい。
「月君はとても聡明だし、機転も利く。飲み込みも早いし、知識も豊富だ」
「これぐらいの人間、ごろごろ・・・しているとは言わないけど、いないわけじゃないだろ」
「いいえ、それと、月君は」
とても、とつぶやいてLは手錠でつながったままの月の手の上に、自分の手をゆっくりと重ねる。
伝わってくる体温に、月は目を見開く。
「とても――なんだ」
「・・・とても、きれい、です」
「・・・・・・竜崎、お前」
決定打を聞いてしまった気がした月は、重ねられた手を少しだけ動かす。「それ」を聞くのはかなり間抜けな気がしたし、事実口に出してみればたいそう間抜けに響いた。
「僕の事、好きとか言うんじゃないだろうな?」
ぽかん、と口を丸く開いてLは月を凝視する。
その状態が数分も続いて、いい加減恥ずかしくなった月はLの手を振りほどくと、忘れてくれとつぶやいて布団を引っかぶろうとした。誰かにそれを止められなければ。
「月君」
「だから、さっきのは忘れ――」
振り向いた月の顔が掴まれる。
ごつごつとした男の手は、月を掴んで放さない。
唇の上は、生暖かい何かに覆われていた。
「――っ!」
何をされたか気がついた月は、赤面して必死に振り払う。
束縛から何とか逃げおおせて、さらに後ろに下がろうとして手首に走る痛みに、絶望的な気分になった。これじゃどうやってもこいつから逃げることは出来ない。
「な、にを、するんだ竜崎っ・・・!」
「すみません」
「すまんですむか! 僕はソッチの趣味なんかないぞ」
「私はあるみたいです」
「そうだろ、そうだろ・・・ってええ!?」
一人漫才をやらかしていた月に、Lはずいとにじり寄る。
「好きです、月君」
「お前は眠いだけ! 酔いと同じだ、朝になれば忘れ――」
焦って壁に背をつけた月は、自分の位置を深く後悔する。
背後、壁。
前、竜崎。
まさに、前門の虎後門の狼。正確に言うなら前門の狼後門の壁。
「そうですね、気の迷いかもしれませんね・・・」
「そうそうっ、気の迷いだ気の迷い!」
何やってんだと自分で自分に突っ込みながら、月はあほのように頷いてみせる。
しばらく焦点の合わない目でじーっと考えていたLは、結論が出たらしく壁に張り付いている月をじっと見た。
「月君」
「な、なんだ」
「先ほどは失礼しました」
「あ、ああ、いいよ落ち着いたなら」
「気の迷いかどうか確かめたいので、もう一度いいですか」
あれ?
「いや、僕的には勘弁して欲しいかな、みたいな・・・」
HAHAHAHAHA、と胡散臭く笑いながらにじり下がろうと努力する月だったが、背後は壁だ。
「もう一度、だけでいいですよ。一度で」
すがるような目で見られて、ここで大声を出すとか言う選択肢が消滅した。
(・・・だめだ。酔っ払いに絡まれているとでも思ってあきらめよう)
「それ以降一生僕にするなよ」
念を押して、月は抵抗していた両腕を下ろす。
頷いたLは、シーツの上に落ちていたその手に指を絡めてくる。
「おい、竜――」
逃げようと立てかけた膝の上に、Lの膝が乗せられた。
絡められた両手は、壁に押し付けられて。
逃げられない。
「竜崎」
「一度、で一生、だったらこれぐらいさせてください」
「確かめるってしか言ってないだろう!」
狼狽した月にLは微笑む。
鼻が触れ合う位置まで顔を近づけた。
もう一度なんて、しなくても十分だ。
「月君・・・」
「な、なんだ」
それでも言葉を返す彼は、本当に負けず嫌いだ。
「好きですよ」
「だからそれは、っ」
ぺろりと唇を一度なめてから、合わせて深く舌を差し入れる。
ぐぅ、と彼の喉の奥が啼く音を聞きながら、ゆっくりと蹂躙していく。
あわせられた手が、抵抗するようにぎゅっと掴まれて。
そして、緩む。
「んっ、はぁ、あ、う」
一度、がいつまでなのか。
溶けてきた思考で月は必死に考えた。
いつになったらこの熱いものは離れていくのだろう。
「・・月、君。月君」
途切れる息の合間に名前を呼ばれる。
けれど何か反応する前に、息をすべて奪われてしまう。
欠伸と共に起きてきた真紀は、妙な空気に戸惑った。
海砂は仕事に出ているから、ムードメーカーの松井がいないのが原因・・・ではなさそうだ。
「ワタリ」
「はい」
「あいつら、何があったの?」
「・・・さあ」
存じかねます、と返されて真紀は。
鎖の範囲精一杯に距離をとって仕事をしている男共を、呆れた顔で見た。
「そこの恥らう二人」
「恥らってない!!」
「過剰反応の月君、何があったんですかね?」
「っ」
作品名:For one Reason 作家名:亜沙木