壊滅的なラブロマンス
呆けている二人を他所に、人込みを掻き分けて声がした。噂をすればなんとやら。犬丸だ。マシューに気付いた犬丸は一瞬そちらを睨みつけたが、マシューはへらへらと得意の笑いで上手くかわした。俺は疲れたように笑うと、ようわかったなあ、なんてふざけた様に云った。犬丸が俺の腕を引き寄せたのがよく分かった。どないしたんやろう、と顔を上げるとえらく真剣な犬丸の顔が見えて戸惑った。
「どーも」
おどけた様にマシューは云っていたが目が全然その様なことはなく、真剣そのものだった。犬丸も軽く会釈を返すだけで二人は睨みあっている状況に近かった。何故、そんな顔をお互いにし合っているのか俺に検討がつくはずもなく、黙っていることにした。
「佐野君、買い物が済んだので帰りましょう」
わざと明るい声でそういっているのが分かった。俺は何も云わずに頷いた。マシューがじゃあな、と声を掛けてくれたので俺は優しく笑って手を振った。すると犬丸の俺の腕を掴む力が強くなったので思わず顔を上げると、それはもう憤怒の表情に近くなっていて俺は驚いた。何がいけなかったのだろう。やっぱりクリスマスを嫌いだ、と否定したからだろうか。それとも、買い物の途中で犬丸を一人ほおって置いたからだろうか。まだ、別に、理由などあるのだろうか・・・
有無をいわさず犬丸が腕を引っ張りので痛くて仕方がなかった。すぐに一階までエスカレーターで上がると一目散に出口を目指した。早歩きというより、走っている状態に近い俺達は滑稽に見えた。
< クリスマスの装飾が目に眩しい。お決まりのクリスマスソングが流れて、気分が酷く悪かった。
マンションの最上階なんて漫画みたいな設定の部屋、今更嫌になってきた。エレベーターに乗ってからもずっと犬丸は無言で何かを考えているみたいだった。さっきほど顔は怖くないにしろ、まだ怒っているのは誰の目から見ても一目瞭然だった。俺は何となく申し訳なさで小さくなって黙り込んでいた。相変わらず腕は掴まれたままだったのでどのみち大人しく従うしかなかった。
ジャラジャラと意味もなくたくさん鍵のある中からすばやく家の鍵を見つけ出すと乱暴に犬丸は扉を開けた。腕を強く引っ張られたのでもつれるようにして入ると犬丸はすぐに玄関の鍵を閉めた。取り敢えず何かしゃべらなければいけないと思った俺は、犬丸の荷物に手を掛けた。
「なあ、重いやろ?それ持っ「佐野君」
俺の言葉はむなしくすぐに犬丸の一言によって止められた。俺が無理に笑って犬丸の顔を覗くと怖いくらいに真剣な眼差しを向けていた。そして目が合った瞬間、俺は強く引っ張られ犬丸は俺の唇を奪い去っていた。手を掛けた荷物なんかはすぐに手から滑り落ち小さなツリーやら、立派なリースやらがどさっと音を立てて崩れ落ちた。ビニールの隙間からは他にもキャンドルやイルミネーションライトが見えた。青色の。
「ちょ、い、いぬま・・・っ」
「黙って」
一瞬、犬丸は一言を云うために口を離したが次にはすぐにまた唇を重ねてきてて、俺が喋ったほんの瞬間の間に器用に舌を滑り込ませてきた。柔らかい犬丸の舌が性格に反してねっとりと絡み付いてくる。貪り尽くすような乱暴な口付けの中で、いきなり犬丸が舌に歯を立てたとき、あまりの驚きに俺は犬丸を突き飛ばしてしまった。だん、と痛い音がして犬丸はマンションの扉に思い切り体を打ち付けていた。俺も押し飛ばした勢いで玄関に思い切り尻餅をついた。俺は方を上下させて叫んだ。
「何考えとるンや、阿呆!」
「阿呆はどっちですか!!」
いつもならすぐにしゅんとする犬丸も今回ばかりは違った。俺以上の剣幕で叫び返す。お互いに睨み合いまずい沈黙が続いた。犬丸は目を閉じたかと思うと、靴をきちんと揃えて脱いで、買ったものをもってとっとと奥へ入っていってしまった。俺は拍子抜けしたように脱力し、一歩間を置いて追いかけていく。
「犬丸・・・?」
「大体、勝手なんです、佐野君はいつも」
犬丸は買ってきたものを袋から取り出しながら云う。そこはやっぱり犬丸なので買ってきたものをきちんと種類別に並べている。几帳面な性格はどんなときも変わらないらしい。
「僕は、朝も云いましたよね。大人に甘えてみたらどうです?って。君はまだ子供だ。強がりばかりじゃ 生きていけない。僕を、もっと頼ってください。それとも、僕じゃあ頼りないですか。 彼のような、マシューくんのような人のほうがいいんですか」
「何云ってるんや!俺は」
「僕は、君の心の穴を・・・埋めたいんです」
俺はそのまま押し黙ってしまった。犬丸は、気付いていたのか。気付いていて、知らない振りをしていたのか。がさがさと音がして犬丸がその細い綺麗な手で袋をたたんでいる事が分かった。
「さっき君はマシューくんに唇を触られてましたね」
「見てたんか」
「ええ」
犬丸はすみません、と云いながら笑った。俺はそこでやっと安心する。笑ってない犬丸はどうも調子が狂う。やっぱり自分は犬丸が好きなのだ、と自覚する。
「君の唇に触るのも、僕でなきゃいけない。僕は、意外と独占欲が強いんです」
「犬丸・・・」
「乱暴なキスをしてごめんなさい。なんだか気が立っていたんです」
犬丸はそこまで云うと、さあ、お茶にしましょうか、と云った。俺は台所に先に歩いていって二人分のカップを取り出す。犬丸もすぐその後に続いて赤い薬缶の火をつけた。水は十分入っているようだ。
「次は、佐野君のこと、話してください」
犬丸は、いつものように優しくそういった。俺は静かにこくり、と頷いた。
暖かい紅茶の香りが鼻を擽る。カップを手に取るとじんわりとした暖かさが手のひらに伝わって何だか気持ちが良い。俺と犬丸は向き合って座り、お互いの瞳をみつめあった。
「あー、その、クリスマスが嫌いなんは事実なんや」
俺は素直にそう云った。犬丸はゆったりと笑って、うん、知ってる、と頷いた。俺は何となくそれに安心した。犬丸はこれで結構行事好きなので怒ったりしたらどうしようと密かに心配していたのだ。
「あのな、俺、クリスマスの準備をひとりでしとったら親が仕事で帰ってこなかったことがあるんや。 それ以来一人になるんが怖くてな、クリスマスに自体が嫌になってもうた。 子供の頃は人一倍好きやったんだけどなあ。どないしたんやろ」
半分は自分の呟きみたいになっていた。俺は其処まで云うと紅茶に口をつけて啜った。犬丸は其処まで聞くとやっと口を開いた。
「どうして?僕は、ここに居るのに」
「犬丸も・・・いつまた消えるかわからへんやろ」
俺は初めて犬丸に直接的な言葉をぶつけてみた。さすがにその言葉には犬丸も困った顔をした。本当は誰よりも犬丸を困らせたくないと思っていたからこそ今まで避けてきた事実だったのに。少しばかり口に出したことを後悔したが、それでも犬丸が笑ってくれていたので安心した。
「俺な、夜中起きだす度に犬丸が居ること確認してんねん」
「ええ、知ってます」
「いつかみたいに、居なくなってたら、怖いんや」
作品名:壊滅的なラブロマンス 作家名:しょうこ