人形劇
病院で過ごし始めてから意識がはっきりしたころに彼女は本を読むようになった。本なんて今までたくさん読んだけれども、今まで彼女が読んだような本ではなくてヒカリが持ってきたエッセイや恋愛小説だった。くだらないと思って読んでなかったが、やっぱりくだらなかった。でもアスカは読んだ。たくさん読んでみた。その小説のなかには幸せだとか、悲しみだとかがたくさん言葉になって連なっていた。アスカがいままで口に出したこともない言葉がたくさん連なっていて、時々アスカは泣いた。何故涙が出るのかはわからないし、読んだ本のタイトルだって覚えていないけれど、でも読んで泣いた。なんでもなかったものが今は何かになっていた。けれどアスカはそれも口を割って声に出すことができなかった。渚カヲルに出会ったのは、そのころだった。
病院に敷地内であれば出ることを許可されたアスカは、天気のいい日を選んで外で本を読んでみることにした。看護婦にいくつかの約束事を言われて、本を抱えて外に出た。戦いがおわってもいまだ日本は夏しか来なかった。しかし今日は特にひどく暑いわけでもなく、久方ぶりに外に出るにはちょうど良かった。人気のない少しさびれたベンチを見つけてアスカは腰を下ろした。
今の生活は虚無的で、アスカはそれに最初苛立ったが、しかしそれまでフル活動していた自分の思考は徐々に落ち着きを取り戻していた。自分のいるべき場所ではないと知っていたし、腹の底で今の自分を許せないことも抱えていたが、けれどもアスカの疲れ切ってしまった肉体や精神はもはやそれに対して激怒することも出来なくなっていた。
しばらく本に没頭していると、本に影がさしこんできた。無意識にそれを避けるように体をずらしたが、なんと影が追いかけてきた。驚いてアスカは顔を上げると、病棟で時折見かけていたあの首に包帯を巻いている少年――渚カヲルだったから、更に驚いた。
「な、なによ、あんた」
やっと振り絞った声に何故か逆にカヲルは驚いたようだった。
「僕?渚カヲルだよ」
君は?と首をかしげる彼に思わずアスカも名前を言ってしまった。
「アスカ?…パイロットの」
「…今はもう違うわ。なによ、あんたネルフ関係者?」
「そっか、君は僕のこと知らないんだね」
「…ちょっとまって」
渚カヲル。そういえば、5番目のチルドレンがたしか…。