人形劇
「…あんた、最後の使徒じゃなかったの…」
絶句した。死んだはずの使徒。そいつが目の前にいる。
「うん、そう。僕も終わったんだと思ったんだけど、ね」
未来が変わったと、カヲルは肩をすくめながら、意味のわからないことを言った。カヲルはアスカの横に腰をおろしてアスカの横に積んであった本に触れた。
「君がこんな本を読むタイプには見えなかったな」
「…うっさいわね」
そんなこと、自分で十分感じていることだ。だからアスカはヒカリ以外には誰にも本を読んでいることを教えてなかった。ミサトやシンジがきたら本を枕の下に隠していた。
「本も、いいよね。僕は歌が大好きだけれど、本も好きだな」
別に聞いてもいないことをカヲルはつぶやいた。アスカは聞こえてはいたものの、聞こえていなかったようにして本に没頭しようとした。しかし、内心気が気ではなかった。隣に、使徒。使徒である。意味がわからない。いろいろと久しぶりに思考を巡らした。ネルフは何をしているのか、使徒は未だいるのに。何故こいつは私の隣に座って本を読んでいるのか。首の傷。アスカは大いに混乱していた。
「どうかした?」
カヲルはアスカが本に集中できていないことなどお見通しのように聞いてきた。そして実際その通りだということに、人間ではない彼ですらうすうす気づいていた。
「…」
アスカはもう1年近くまともに人と話していなかったし、もう以前の彼女にあった覇気はずいぶんと失われていた。それを本人が一番自覚していたが、他人にまでそう思われるのは彼女の根底にあるプライドが許さない。だから、アスカは立ち上がって本を乱暴に胸に抱えてその場を去ろうとした。カヲルのきょとんとした表情に気付いたが、アスカはそれも無視した。
「…またね、セカンドさん」
持っている本を思い切り投げつけたくなったが、アスカは更に無視してその場を立ち去った。
その日の夜から、またアスカはたびたび悪夢に襲われた。首をつった母親。首をつった人形。首をつった自分。アスカは悪夢にうなされて起きるたびに首に圧迫感を感じた。まるで今の今まで誰かに首を絞めつけられていたかのような感覚。自分はただの人形で、中には真綿しか詰まっていない。アスカはそっと裸足のまま病室を抜け出した。