Doubt
5.
「――――っし」
兄弟が野郎どもを連行し、部下がその手際に恐れ入っていた頃、その上司は。
何をすることもなく、ぼうっとする事に飽きていた。
唐突に襲われたくしゃみに彼は眉を寄せる。
誰かよろしくない噂でもしているのか、と思えば実際心当たりは山ほどある。よくある一部の怨嗟を除けば、原因はおそらく司令部で書類とともに帰りを待つ副官か、今頃いいように使われているだろう、部下のうちの誰かか。
宿の気の良い主人は、残してきたシーツのメモに気付くだろう。そこからヒューズを経由して、中尉へ。
特にしばらく何もなかったはずだから、しばらくはヒューズが休暇の延長でも何でもでっち上げて時間は作れるだろう。だが放っておく訳にもいかないだろうから、そろそろ誰かが偵察がてら動かされているはずだ。
だったら、たぶんハボックだろうな。
こういった時に殊更良く使われている部下の一人が頭をよぎった。ハボックのは確か有給がまだ残っていたはずだから、それで埋め合わせはいけることだし。
(ちなみに黒い上司が鬼な結論に達した頃には、逆に尋問中だったハボックが突如襲いくる悪寒に耐えていた)
しかし、意図した訳でもないのに色々盛りだくさんな休日になってしまったなと彼はひとつ息をついた。
部下の面々が聞いていれば、それはあんたの日頃の行いが悪いからです、と口を揃えただろうが、あいにくここには彼一人だったので、つっこんでくれる相手はいない。
まぁ、この部屋から出れば何人かいるだろうが。
だがまともに話が通じるようなユーモアを持ち合わせているようには見えないのばかりだったので、楽しくないから別に構わないが。
この部屋というか小屋と言うか。一室に突然ご招待されてから2日経つ。
休暇中にこの町に来ていることは誰にも言ってはいない。知っているのは久しぶりに訪ねようとしていた相手だけだ。
なのに見慣れぬ男の訪問を受けたのは、遠路はるばるこの町にやってきて取りあえず野暮用を済ませてからさて明日、と思った矢先の事だ。
耳にたこが出来る程に繰り返し聞かされてきたおかげで、いい加減自分の名前と顔の一人歩きっぷりは自覚している。最初、どこぞの何かがちょっかいでも掛けに来たかと僅かに身構えたが、相手が素人だろうと言うこと、そして何かを間違われているのはすぐに分った。
さっさとお引取り願おうとしたが、押し掛けてきた男たちから告げられた興味深い一言に、大人しく着いていくことにしたのだが。
こちらに通されたときは、翌日に主人に合わせるからとか何とか言っていたような気がするが、それから何ら音沙汰なく、ただ時間だけが過ぎている。
のらりくらりと向こうの質問をかわして情報を集めようにも、その男は現れないし。外へ出ようとすると引き止められるし、外には人相のよろしくない風体の男たちがうろついている。
さて、ちょっと面白い事になるかと思いきや、事態は何も動かず、だ。まぁ休暇日数は余りまくっていることだし、それならそれでちょっとのんびりしようかと、適当に押し込められている本を読んでみたり、寝てみたり、食事を運んできてくれる可愛らしいお嬢さんと語らってみたりしていたのだが。
それも1日が限界だった。
何の目的もなくぼうっとしている、というのは苦痛になるらしい。結構自分も勤勉なタチじゃないかと、(いつも決済待ち他で振り回されまくっている司令部の面々が聞いたら絶望しそうな事を)自賛してみたが、やはり聞いてくれる相手の反応がなければ面白くない。
まぁ、冗談はさておき。
そろそろ司令部側も動いている事は確実だ。ならば、手土産のひとつでも用意しなければ後が怖い。(おもに約一名が)
ちょっとばかり乱暴な手になるが、最終的に自分をここまで引っ張ってきた時点でここの主は黒だ。誘拐・脅迫・ついでに軍部内の綱紀粛正にも一役買っていただけそうだし、言うことがない。途中経過は報告時に適当に省いてしまえば良いだけのこと。どうせ判を押すのは自分だし。
そこでハタと気がついた。
このままだと、自分で報告書を作らねばならない状況だと。
それは嫌だ。なんといっても面倒くさい。
・・・某鷹の目の中尉が聞いていた日には、本気で狙撃されそうな心の声だったが、やはり誰も聞くものはいなかったので、彼の寿命が縮まるような事は何もなかった。