Doubt
一方その頃。
・・・あのさぁ、と。一通り話を聞き終えた目の前の子供(の筈だ)は一度大きく嘆息して、がしがしと頭を掻いた。
「・・・もういっぺん言ってくれる?」
そう言った目つきは大変剣呑だ。
・・・ここで素直に繰り返して、八つ当たりされたらどうしよう。
男たちの頭に過ぎったのは、先程一発でノされた恐怖の記憶だ。不意をつかれただの何だの、言い訳も通用しないだろうくらいに、このガキの腕はホンモノだった。
しかもその背後には大きな鎧を来た奴と、さっき見た金髪の大柄な男が控えている。
鎧の方は表情が判らないのが至極不気味なだけだが、金髪の男の方も表情が伺いづらい。・・・だが、両者とも、何となく子供と同じように脱力しているように見えなくもない。
「・・・しろうと」
やっぱりなぁ・・・、と呟いて金髪男は肩を落とす。
何か、ヤバイって気が全然しなくて何でだろと思ってたんだよ・・・。
「単なる縄張り争いに首つっこんだだけか・・・」
男から聞き出した経緯はこうだ。
雇い主であるモルガンの指示で、ライバルだったスタンレーの家の、遊びが過ぎて中央から連れ戻されたとかいう頭の軽そうな息子をかっさらった。放蕩者と名高いその息子を懐柔して、内側から切り崩していこうとしていたということだ。
で、まずは息子が出入りしている先を洗い、機を見て接触してモルガンの屋敷へ連れて行った。・・・ところで、間違いが起こった、のだ。
「・・・普通、写真くらい手に入れて持っとかね?」
いくら(大佐の場合は現在の偽名だが)名前が同じでも。それまで黙って聞いていたエドワードの言は尤もで、男はぐ、と言葉に詰まった。
「・・・・・・中央帰りだとかいう奴なんざ、この町じゃ浮くんだ。皆似たようなこきたねぇ格好ばっかりだからな。・・・仕事があるから、それくらいの年で日中ブラブラしてるような奴もいねぇし」
それで不確定な情報のまま、行く先々で聞き出した情報を集めて、じゃ、お屋敷までご一緒にどうぞ、とやった相手が、アレ。
まぁ、こんな町のごろつきさんから見れば、ぱっと見、放蕩息子っぽく見えなくもないが。
・・・・・・大佐、歳いくつだと思われてんだろう。
三者三様にその辺とても気になったが、聞かない方が良いような気がして(下手に聞いたら、次に大佐と顔を合わせたとき、笑わない自信がない)取りあえず、話はそらす方向で。
「で、オレを追っ掛けてたのは?」
「・・・スタンレーが雇った用心棒か何かだと・・・。一発フクロにしたら手を引くだろうって・・・」
最後まで聞く前にタバコの先が落ちる。あーあ、とハボックは遠くに視線を投げた。
「・・・にしても、人違いって」
子供は心底呆れたような顔をして、もう一つ深く息を付いた。
いや、まぁいいけど。人違い。
でもまた、
「・・・えらいもん連れて帰ってきたのかも、って思う瞬間なかったのかな」
オレ、犯人側にすげぇ同情する。
鎧の図体に見合わない声で、「ちょっと、兄さん」とか何とか呟きが聞こえたが、その前の内容の方が何だが不吉で気に障った。
「・・・思わないんじゃないか?あの人が何もしてなければ。無害そうに見えるようにしてるもんな。通常は」
「何もしてなくてもへらず口は叩くだろ」
「まぁ黙ってはいないとは思うけど」
答えた金髪男の返答も嫌な感じで、男達は顔を引きつらせた。
ハボック的には、普段、鋼の錬金術師が何かの事件の渦中にいる、という情報が入るたびに大佐に言われていることとよく似ている。とりあえずここで豆台風に暴れられても困るので表には出さないが、同じこと言ってるなぁ面白ぇとか思ってしまった。
まぁそれはともかくとして。大体の流れは分ったが、実際のところあとひとつ、聞いておかなければならない。
ハボックは頭をがしがしかきながら、大きく息をついて男達の前にしゃがみ込んだ。
「で、あんたらが最初に連れてった人は、いま何処にいるわけ?」
飄々としているようでいて、その薄い青の目は笑っていない。得体の知れない圧力に押されて、男達は一瞬息を詰まらせた。
「や、山の・・・」
「山?」
「モルガンさんの屋敷の裏から抜ける道を上がっていった、使われてない離れの小屋に・・・」
「見張りとかいる?」
「屋敷の周りは・・・」
「サンキュ。んじゃあんたらはここでもうちょっとゆっくりして行けよ」
はいはい、と手際よく猿ぐつわを噛まされてもう一度床に転がされる。それからさっさと切り替えたらしい子供と男はもうこちらを見ようともしない。
何だ。何でこんなに手慣れてるんだ、こいつら。
これまでは雇い主の権力と金で大抵の事は何とでもなってきたのに。今になってようやく、今回の件はそれも及ばない事態を呼んでしまったのかもしれない、という危機感に襲われた。
そういえばあの黒髪の男も、最初から妙に落ち着き払っていた。
単に放蕩息子だと聞いていたので、状況を把握できていないだけの馬鹿だと思っていたが、今までのこの凸凹した連中の話からすると、もしかしたら、アレが一番やばいのか。
「おい、てめぇらが何者か知らねぇが、モルガンさんに喧嘩売っても無駄だぜ。あの人は軍のお偉方にも顔が利くんだ」
傍らに転がされていたもう一人が、遠吠えよろしく余分な事までがなりだす。馬鹿が、と思っても既に口は塞がれてしまっているので止める事も出来ない。
金髪の男はそっちにもさるぐつわを噛ませようとしていた手を一瞬止めたが、「・・・へぇ、そうなんだ?」と軽く返してくる。
「お前ら信じてねぇな。嘘じゃないぞ、あの旦那はこの辺まとめてる軍の支部の・・・いてぇ!何すんだ!」
身動きできない状態なのでとりあえず足でも出すしかない。余分な事をベラベラ喋る馬鹿を蹴って黙らせたが、もう遅い。
金髪は納得したように大きく頷いている。
「あー・・・道理で軍が出てこねぇと思った」
「癒着?」
子供の方も首を傾げて端的に。
「だろうな。支部の方で全部止めてんじゃね?」
「こないだどっかのヒゲ中尉とかがやってた奴か。またこんなんかよ」
「地方飛ぶとどーしてもなぁ・・・」
まぁ、いい手土産になりそうで良かった良かった。・・・って、何の話だ。
「てめぇら、一体何者だ!?」
「なにもんって」
こういった定番台詞結構聞いてるよな、オレたち、とか呟きながら、がなる男を前に一瞬互いに視線を見合わせる。
鎧は軋んだ音を立てつつジェスチャーで肩を竦めて、金髪男は順番を譲るように、どーぞ、と子供へ向けて手を差し出して。
すると、眉を寄せて面倒だなぁという顔をしていた子供が、ゆっくりとポケットからチェーンを引いて引き出した先には――――六芒星と軍の紋が刻まれた、鈍く光を弾く懐中時計。
そして銀の鎖に繋がれた時計を掲げて、口の端を不敵に引き上げる子供らしからぬ笑みを見せた。
「――――残念。オレもお偉いさんには結構、顔売れてる方だと思うぜ」
最悪だ。