Doubt
あ!とか何とか、太い声が聞こえたかもしれない。振り向かずとも分る。一気に追ってくる気配が気色ばんだ。
「待て、つって言われて待つわけねぇよな」
投げかけられた定番の台詞が微妙に心に寒い。普段は自分が言う側のはずだが、まさか言われることになろうとは。というか、どうせ追い掛けられるのならむさい男どもよりも、可愛い女の子の方が良いなあ。
しかし、そんな暢気な事を考えていたのが悪かったのか。
何となく嫌な予感がして、反射的に路地の角を曲がると同時だ。チュン、と不吉極まりない音がして、壁の一角が削れて埃が舞った。
「げ」
撃ってきやがった。
逃げてる間に益々町の中心からは離れ、資材置き場と倉庫街のような所に入り込んでしまったとはいえ、何処に作業員だの人がいるかは分らないこんな場所で、白昼堂々銃声なんかさせた日には。
「ありえねぇ・・・!」
いくらこの辺りに人通りが少ないとはいえ、銃声は結構耳に残る。誰かが通報した場合、間違いなく軍が動くだろう。なんだ奴らあの問答無用っぷりつーか無茶振り。しかも応戦するわけにもいかないので、早くここから離れないとならない、のだが。
倉庫沿いにいくつか角を曲がった先は、材木だの何だのが無造作に詰まれた資材置き場だった。思わず舌打ちする。低く詰まれた木材なんかでは見通しがきいてしまう。身を隠すのには向かない。
何処か、に。
カタ、と何かが崩れる音に、ハボックは振り向きざまホルスターから銃を抜いた。
「――――いたか!?」
「こっちには来てねぇ!ちくしょ…デカイ図体の割に逃げ足の速い野郎だな」
さっきの金髪の男は間違いなくこの角を曲がったはずなのに、一瞬見失ったかと思ったら、その後完全に姿をくらましてしまった。
「何処行きやがった…!」
倉庫が立ち並ぶ通りを抜け、逃げようのない廃材置き場へ向かったので、しめたと思ったのに。
「おい、本当にそっちに行ってねぇんだろうな!」
「きてねぇって!こっちからの道はここしかないんだ。そりゃこっちの台詞だぜ。絶対こっち来たんだろうな!?」
「おい、もめてる場合じゃねぇぞ。いい加減ずらかろうぜ。見られたらヤバい」
「ち…っ」
こそこそ嗅ぎ回ってる奴をこのまま逃がすのもマズいのは確かだが、逆にちょうど良い脅しになったかもしれない。何にせよ、探しまわる暇もない今日のところは引くしかない。
「くそっ!」
苛立ちのままに一発、廃材置き場に向けて発砲した銃弾は、高い跳弾音とともに打ち捨てられていた古びた鎧の頭を弾き飛ばした。
「おいっ」
「わかってるよ!」
男はそのまま立ち去ろうと急かす仲間の後を追った。