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フリークスの楽園

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● tear of Paradise

池袋を根城にする自称出張闇医者・新羅の話をまとめると、以下のようになる。

昨夜、私のところに暴力団組合の幹部がちょっとした怪我で運ばれてきてね。ほんの2日ほど前から、とある昔なじみの情報屋から買った情報に端を発して、現在敵対する組合と抗争中らしいんだ。そのとばっちりで銃創を受けたらしい。
ねえ臨也、私はその幹部と随分と古い馴染みでね、そう、高校の時から知っていた。その頃からその組合の周辺では諍いが絶えなくて、まだ高校生だった僕の友人の情報屋と懇意にしてたからねえ。
暴力団の諍いなんかに首を突っ込んだら僕なんてすぐに東京湾に沈められちゃうから詳細は知らないけど、その組合に情報を売るには、相当の因縁を持っていないと無理なはずなんだ。どんなに蓄積されたデータがあったとしても、付き合いのあった高校時代からの自身の記憶に基づかなければ、とても対等な取引なんて出来ないはずだと僕は推察したわけだ。
どうかな、君の意見を聞かせて欲しいな。

臨也はちょっとだけ苦笑して見せてから、肩を竦めた。
「…俺としたことが、迂闊だったな」
高校時代からの馴染みだった得意先からの依頼だったので、つい断れずに情報を流した。まさか新羅に繋がってしまうとは思っていなかった。自分の短慮さと世の中の意外な狭さを嘆くしかない。
こんなところから、楽園が綻び始めるなんて、と。





● ミイラ取りはかく語りき・1

最初に彼に伝えた「好き」という言葉は、偽りでしかなかった。

記憶を失っていたのは嘘ではなかった。ただ、新羅の診察は当たっており、それは一過性のものに過ぎなかっただけだ。
記憶をなくし、静雄の家で過ごしてから三日目の深夜、パソコンで適当な掲示板を閲覧していたときに、“池袋最強の平和島静雄”というワードを見た瞬間、まるでそれが当然なことであるかのように、雲がかかったように不明瞭だった記憶が一気に蘇った。そしてこの三日間、自分と静雄がこの部屋でどんな生活を送っていたのかについても。
静雄がどれだけ不器用に臨也に接し、心の奥底から憎くて憎くてたまらないであろう相手に優しさを与えてきたのか、臨也は知っていた。
こみ上げてきたのは、紛れもない侮蔑と嘲笑だった。知り合ってから何年もずっと殺し合いに程近い闘争を繰り返してきた臨也に、ちょっと“化け物”としてではなく“人間”として接されたからといって、すぐに態度を軟化してしまった静雄の単純さを、臨也は心中で嘲笑していた。
更に臨也はこう考えた。このまま数日間、優しく接してどこまでも甘えて甘やかして、飢えた化け物を手懐けてしまおう。そして臨也に依存するように仕向けたところで、すべてを暴露して思い切り嘲笑してやろう。
そしてこの思いつきは、あっけないほど単純に、面白いほど簡単に成功した。


「静雄は、君の記憶に関して罪悪感を感じてたみたいだから、記憶のない君には優しかったはずだよ。だから、君の意図は、なんとなく分かる。ふと記憶が戻ってみれば、憎くてたまらなかった仇敵が、まるで壊れ物に接するみたいに優しくしてくれる。君にはたまらなく楽しい見世物だっただろうからね。もっと見ていたかったんだろ?」
新羅の口調はよどみなく、その顔も普段となんら変わらないものだった。そして新羅のその推測は的を得ている。
そうだ、確かに臨也は面白がっていた。
臨也のために料理を作り、臨也の淹れたカフェオレを何の躊躇もなく飲む、そんな静雄の姿を嘲り悦んでいたはずだ。そのはずだったのに。

「…シズちゃんはさあ、俺のこと好きになっちゃったっぽいんだよねぇ」
「…は?」
「バレてないつもりかも知れないけど、もうバレバレ。シズちゃんは、記憶のない状態の俺にぞっこんなんだよ」
「…ふうん」
「驚かないの?」
「いやこれでも驚いてはいるんだけどね。で、臨也は?」
「え?」
「君は、記憶のない臨也に甘えられて絆される静雄を見て、あざ笑うつもりだったんだろ? 絆されるどころか惚れられて、更に好都合じゃないか。どうとでも弄んでから、得意満面に本当のことをバラせば、静雄が受けるダメージは計り知れないよ。君は悲憤慷慨の静雄を、思い切りあざ笑ってやればいい」
新羅の顔は朗らかなままだった。だが硝子の奥にある瞳は、けして笑ってはいない。怒っているのかもしれない、と臨也は思った。この付き合いの長い友人が怒りをあらわにする姿を臨也は知らない。けれど今、新羅は怒っているように臨也には思えた。多分臨也は、それだけのことを、した。

「…それはそうなんだけどさ。そう、確かにそのつもりだったんだよ。でも、ねえ新羅、おかしいんだよ。俺はどこかで間違ったみたいなんだ」

作品名:フリークスの楽園 作家名:サカネ