リセット
「帝人、頼むから考え直せ」
「ちょ、正臣しつこいよ!臨也さんは確かに変な人ではあるけれど、結構良い人だよ?」
「駄目ダメだめ!そういう考えが甘いの!あの人は絶対、危険だ!」
久々の臨也の休みに、遊びたいと臨也が言ってきた。
正直嬉しかったし、帝人は結構早めに家を出ていた。
だがしかし、正臣と偶然会ってしまって足止めを食らっていったのだ。
臨也と会うことを黙ってれば良かったな、と帝人は内心で後悔しながら溜め息をつく。
「帝人ー、最初にも言ったけど、臨也さんとは関わるなって!」
「……そんなこと、言われても」
実は、付き合ってます。
なんて、口が裂けても正臣には言えない。
どう言い訳して、この場をくり抜けようかと考えながら、ふと近くの時計に目をやれば、もう待ち合わせの時間を過ぎていた。
そんな時だった。
「……帝人くん」
「あ、臨也さ……っ!?」
突然背後から掛かった声に振り返る間もなく、気づけば臨也は帝人の手を持って走り出していた。
遠くで正臣が何か叫んでいたような気もするが、この際聞こえなかったことにしたい。
しばらく走ったところで足を止めた臨也は、振り返るなり、帝人に弾丸のごとく文句を言い続けた。
悪いと思っているが、そこまで責められると段々申し訳ない気持ちも薄れる。
むしろ、ちょっと腹が立つ。
「もう良いっ、帝人くんなんか、嫌い!大嫌いっ!」
(あ、ヘソ曲げちゃった)
妙なところで子供っぽい臨也は怒って帝人に背を向けるとそのままズンズンと器用に人混みを縫って歩いていく。
「臨也さん!」
臨也の休みなんて、滅多にないのに、今日はこんなことで終わるなんて、帝人は嫌だった。
だからそんな臨也の背中を追いかけていた。
「……見つけた、折原、臨也……」
「え?」
だが、その次の瞬間、人混みから、そんなハッキリとした呟きを拾って帝人は思わず首を傾げた。
(……今、この人……。臨也さんのこと、呼んだ?)
不思議に思って、チラリとその声を発した男の方を見つめて、思わず帝人は目を見開いた。
男が持っているのは、ナイフだった。
そしてそれは確かに前を歩く臨也の方へ向けられていた。
「臨也さんっ!!」
帝人は、全力で叫んだ。
けれど、臨也は振り返る気配すら見せない。
まだきっと、怒っているのだ。
そして、確実に臨也は後ろに迫る男に気づいていかなかった。
「……いざやさんっ……!」
気づいたときには、もうほとんど無意識に帝人は駈け出していた。
自分も頑張ればこんなに走れるだな、と思うくらい走った。
「死ねっ、折原臨也……!」
そう言って、ナイフを振り上げると男と、臨也の背中に割り込めるくらい、帝人は全力で走った。
男は突然割り込んできた帝人に驚いたようだったが、振り下ろされたナイフは止まらない。
(良かった)
このナイフはきっと臨也には届かない。
なぜなら、そのナイフはきっと自分に刺さるから。
どこか満足したように帝人はそのナイフを受け入れた。
「ぁ……、」
倒れる最後に、臨也の顔が見えた。
(あれ、なんでそんな顔してるんですか、臨也さん。何泣きそうな顔してるんですか。僕なら、大丈夫ですよ)
そう言いたかったけど、声が出なかった。
代わりに喉から熱いモノが込み上げる。いやに鉄臭い。
「帝人くんっ!」
こんなせっぱ詰まった臨也の声は初めて聞いたなぁ、なんて思いながら帝人の意識は途切れていく。
(……もう何も見えないや)
こんなことなら、ちゃんともう一回謝っておけば良かったなぁ、そんな事を、最後に思ったのだった。